アフガンでの拉致、惨殺

2008年08月28日 19時43分41秒 | 国を憂う
また混乱の地で純真な若者が惨殺された。
伊藤君 君はやったんだよ。アフガンの人達に希望、夢を残したことは間違いない。

今のアフガン 「治安」と「生活」この二つの回復を同時に進行させなければならない状況ですよね。NGOは後者をやろうとしてる。
でも治安に関しては他国が武力を使って回復しようとしてる。武力で負けそうな側は協力してる他国一般人も標的にする。これはあたりまえですよね。
NGO側の「今やらねば」という気持ちはわかるけど、NGO活動をとりまく状況はそれが可能な状況じゃないというのが現実なんでしょうね。

以前イラクでフセイン氏が米国によって逮捕された時にも書いたけど、
僕は 強い他国が「治安の回復」を錦の旗にして関与していくことが間違いだと思ってます。その国民の問題です。何主義の国になろうとそれはその国民の選択でいいじゃないですか。大国の私利私欲もからんであるグループを排斥する「武力」の導入、これは「武の争い」になるだけですよね。
「他国との武の争い」がない状況なら「生活の回復」を願う活動も「武の争い」と一線を画して認識される状況になるのではないだろうか。
我国も含め、強い大国が「他人事」とほっておくのが解決の唯一の道ではないだろうか。
                        日本の誇り 伊藤君の追悼に変えて
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飛んでイスタンブール3

2008年08月21日 20時53分35秒 | 旅紀行
[旅を通して]

・天候 全行程 傘は1回も使いませんでした。山の方に入ると小川らしき所も水がありませ
    ん。乾季というんじゃないですかね。気温は35℃位だと思います。
    空気がきれいなせいか、陽射しは肌を刺すような感じで暑いです。
    でも日陰に入ればスーッとする感じ。乾燥のせいでしょう。
    やたらビールが飲みたくなりました。
・通過 トルコはトルコリラ、1リラ=85円。 ギリシャはユーロ、1ユーロ=170円。
    物価はトルコが安い感じ。ギリシャからトルコに戻ると裕福になった気分を感じた。
トラム イスタンブールの市内には路面電車(トラム)が1系統だけ走ってます。料金は一律。
    だから便利に利用できます。我々の場合、甥っ子が用意してくれたプリペイドカード
   (カードではない。金属のボタンみたいなやつ)を4人が順番に使って利用してました。
・タクシー トルコのタクシーは怖いです。レースに参加してるか、カーチェイスしてる気分になります。
    1台分のスペースがあったらウィンカーも出さずに移行します。しかも60kmくらいのスピードで。
    ぶつかったお前が悪い位は言いそうです。
    ヒヤヒヤして奇声をあげると、「I'm a pro」とかえってきました。
    それと不正には要注意です。昼でも夜間料金に換えるようだし、ドサクザぎれに現金
    をまきあげるヤツがいます。観光地で客待ちしてるヤツはやめた方がいいようです。
    ホテルで呼んでもらうか、正規のタクシー乗り場で乗るようにしましょう。
・食事 トルコもギリシャも食事はうまいです。観光で行って食べるからですよ。あんなの毎日食べ
    続けるのは無理でしょう。どれもこれも油が入ってます。白いライスもです。
    中華料理、インド料理は一度も見ませんでした。お互いに民族の排斥があったせいだ
    そうです。カップヌードルがむしょうに食べたかった。
・女性 顔はみな美人に見えます。エキゾチックというんでしょうか。西洋人のいいとこと東洋人
    のいいとこを長年にわたって洗練してきたのでしょう。ただし8割の方がおでぶチャン
    です。まさにビアダルでした。子供のくせにその予備軍を思わせる子もいて、ちょっと
    減点です。
・住むなら イスタンブールは住める、住みやすい、住んでもいいと思いました。理由は説明できな
    いのですが、なんか肌にあう街でした。ギリシャはどこかギスギスしてる感じで住みたい
    とは思えませんでした。
・日本は 両国を歩いてきて「適当ないいかげんさ」を感じました。「これでいいんじゃない
    か」との思いも持ちました。日本は機能を完璧に満たし、さらに「美」を要求します
    よね。解かりやすい例「タイル貼り」。向こうでは目地がピタッと直線なんてありませ
    ん。そこまでやらなくてもいいだろう なんでしょう。全てのものがこの調子です。
    レストランなんてみんな前の歩道にテーブル出して営業してます。「道路占有願い」なんて
    規制はないんですよ。日本は「きちんと」やり過ぎるんじゃないでしょうか。
    きちんとする=規制が厳しい=ちょっと生きずらい そういう面はないだろうか。も
    う少しルーズでもいいんじゃないかな、その方が楽なんじゃないだろうかと考えました。
・日本製 観光地にいったのですから多くのデジカメを拝見しましたが、日本製以外の物を見ま
    せんでした。CANON、NIKON、SONYでほぼ100%。デジカメは日本が地球を制覇してます
    ね。
    自動車は30%くらいが日本製。トヨタが圧倒的。スズキ、ダイハツが外国用の中型車
    を走らせてるのには驚きました。日本製以外では韓国製(ほとんどヒュンダイ)が30%、
    残りがヨーロッパ製でしたね。日本製軽自動車も走っていて、それにあの巨体のおばさん
    が乗ってるのにはびっくり。案外広いんですね。 
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飛んでイスタンブール2

2008年08月21日 20時40分13秒 | 旅紀行
13日 ブォロスへ 市内観光 ギャラクシーホテル泊
    当初はカランバカ‐ブォロスを汽車で行く予定でしたが、バスがあるというのでバス移動にかえ
    ました。ギリシャではバスで移動するというのは普通のことのようです。鉄道がほとんど
    ない国ですからあたりまえです。街にはバスセンターがあり、そこからいろんな街に長距
    離バスが出てるようです。料金も鉄道より安いのでは。
    今回は100km強、所要時間3時間、隣街トリカラで乗り継ぎブォロスへ向かいます。乾燥し
    た裸の畑かオリーブ畑の中を混雑のない道をひた走ります。山から海へ。
    またまた昼近くになって町に到着。まずバスセンター前のインフォメーションセンターで情報収集。
    事前の情報では日曜しか運行していないらしい「ピリオン鉄道」はどうなのか、エーゲ海
    を日帰りで見るための移動手段は 親切な女性係員が僕でも解かる英語で解説してく
    れた。
    ピリオン鉄道は毎日1便運行してるようだ。明日、明後日の行動が大体決まり、重い
    荷物をしょって昨日予約したホテルを探して街中を歩く。ちょっと行き過ぎたけど、無
    事到着。早速街に出て昼食。街中の散策と鉄道の駅に行ってピリオン鉄道の乗車券を購
    入。この乗車券 片道切符はないそうです。往復でしか売らないみたい。これは次の
    日にわかったのですがね。我々は終点駅ミリエスからバスでエーゲ海に出て、またバスで街
    に戻る計画だから片道分は不要なんだけど。こんな行程組む人がいないってことで
    しょうか。    
14日 エーゲ海へ ギャラクシーホテル泊
    早朝散歩。港で土地の人が釣りをしてる。竿は使わない手釣り、10cmほどの鰯が釣れ
    てるようだった。水面には鰯の群がうじゃうじゃ。
    ピリオン鉄道の発車が10時なので今日はゆっくりの朝。でもちょっとした事件が。
    円をユーロに換金したくてホテルで聞いた。「Greece National Bank」に行けと教えられた。
    換金を依頼したら、世界通貨の写真集のようなものを出してきて、「この札は登録さ
    れてない。だからできない。」という。昔の1万円札はあったようだ。そして
    「Greece Bank」へ行けという。この銀行はホテルの隣なんです。なんでここまで来たの?
    でした。しょうがない、また戻りました。入ってみてびっくり。こちらがりっぱな国
    立銀行なんです。格式があって、ガードマンもいる。換金はあっさりOK。「National」
    とはなんだ?松下電器か? と不満たらたら。
    でもまっいいかと思った矢先にまた事件。妹さんが「荷物がない」といいだした。
    さっきのNationalに置き忘れたしかないで寄ってみる。座ってたベンチの上にちゃん
    とあった。たいした物は入ってなかったようだが。
    この写真 Nationalの内部写真。シャッターおしたら、行員から疑いの目線が飛んできた。
    あたりまえかな。強盗の下見と思われてもしょうがないからな。
    この雰囲気 なんとなく民間の銀行ですよね。女性は私服だし。それと我々一行様
    が座ってる椅子、あそこに荷物置き忘れたのです。
    ともかく無事換金も終わり、バスセンターヘ。今日はローカルのバスに乗る。先に1.3ユーロの切符
    を買って待つ。一番前に座った僕に運転手がやたらと観光ガイドしてくれてる。ギリ
    シャ語だからよく理解できない。でも言いたいことは「これが廃線の跡だ」らしい。
    笑顔で理解したことを伝える。下車駅では「ここで降りて、あっちに歩け」と案内
    までしてくれた。ちょっと坂を登った所が始発駅アノ・レフォニア。
    [ ピリオン鉄道について ]
    昔はブォロスとミリエス村を結ぶ交通手段だったのです。画家キリコのお父さんが携わった。
    今は街中は廃線になり、郊外のアノ・レフォニアとミリエス間を観光用で運行してる。途中で15
    分のお茶休憩があって所要時間1時間弱。1日1往復。10時にアノ・レフォニア発、16時に
    ミリエス発です。右側にパゴシティコス湾(エーゲ海から入り込んだ湾)を見ながら丘陵地帯を
    走ります。古い橋もあって、思わず童心に帰る鉄道です。線路巾は60cm。

    ミリエス駅では機関車の方向転換作業を見ました。円形の台座に乗せて180度回転させ
    るのは同じですが、回転動力は人間でした。なんとのどかな。
    ミリエス駅から村の中を歩き、バス停へ。ここからブォロス発の長距離バスに乗ってエーゲ海に
    出ようというのです。バス停はパン屋の前、村の人がひっきりなしにパンを買いに来る。
    そのたびに世間話でもして行くのでしょうか、実に明るく、にぎやか。我々もパン
    で昼食。定刻よりちょっと遅れてバスが来る。ほんとに来るか心配し始めた頃。
    西伊豆から東伊豆に出るようなもので、標高800m位の尾根を1つ越さなければならな
    い。曲がりくねった細い道。1時間以上乗ってた。終点がロアニス村、エーゲ海に臨む海水
    浴場、キャンプ場
。着いたのが2時半頃だが、同じバスに海水浴目的の若人が大勢いた。
    ここは島々が緑の海に浮かぶエーゲ海 そんな景色ではなかったです。島影のない
    ドーンとエーゲ海の水平線でした。水は綺麗でした。子供からお歳よりまで男も女もみな
    水着。女性はみなビキニ。そんな所に東洋からきたおじさんおばさんが半袖、短パン姿
    じゃ場違いってものですね
    冷蔵庫まで付いたレンタルキャビンには驚き。手ぶらで来て、ここに幾日か泊まってバカンス
    を楽しむんでしょうね。
    我々はカフェでお茶だけして帰ることに。ここからバスでブォロスの街へ。
    4時半発のバスがなかなか来ない。1時間近く遅れたんじゃないかな。どうにか帰路に。
    ところが路上駐車が多くてまともに走れない。いたるところで立ち往生。ある所では
    運転手が通行不可能と判断、警笛を鳴して車を動かすよう促すが所有者は現れない。
    10分ほど待っても来ないので意を決したのでしょう。ジワジワと前進して無事通過。
    ガチガチの違反検挙を要求するつもりはないけど、もう少しマナーは守ってもらいたい
    ものですね。当然バスは遅れました。でも遅れたために山の上から街の夜景を見るこ
    とができました。これがまたすばらしいんですよ
    9時をまわっていたかな。海に面してズラッとならぶオープン・レストランで遅い夕食。こんな
    時間なのに家族で食事に来てる。ギリシャの子供は夜いっぱりなんですよ。大人は大画
    面のサッカー放送(ギリシャリーグ)を楽しんでる。オリンピックじゃないところがおもしろい。
15日 ブォロス‐ラリッサ‐テッサロニキ‐イスタンブール 車中泊
    今日は大移動日、ギリシャ最後の日です。
    朝からお金の計算です。ユーロを残したくない。土産はイスタンでとしてるので大金はいら
    ない。とりあえず、手持で行動開始と決める。
    今日はギリシャ聖教の記念日(聖母昇天日)らしく、車は少ないし、お店も閉まってると
    ころが多い。
    午前中 マクリニッサ(ブォロスを見下ろせる丘の上の小さな村。バスで30分)へ散歩に行く。
    どうも昨日の帰りのバスで通った村のようだ。村に入ると丘の上からミサの歌声
    聞こえてくる。それとこんな田舎に向かって車がどんどん上がってくる。ブォロスの街
    から礼拝に来る人達だ。車は急斜面に路上駐車。えっこんなところにと思う所までタイ
    ヤをすべらせて駐車する。教会はミサの最中。帽子を取って中に入ってみる。とって
    も厳粛な気持ちにさせられる。
    この村には湧き水がある。冷たくておいしい。旅行中に飲んだ中で一番美味い水でし
    た。ちょっと不安ではあったけど。結果異常はなかった。
    バスで街に戻り、ホテルに帰ってチェックアウト。荷物をしょって駅へ。
    12:27発の汽車でラリッサ経由でテッサロニキに戻る。ラリッザでは自由席。ラリッサからは指定
    席らしい。この座席番号がわかりずらい。何号車の何番かが理解しずらく、客車内
    の座席番号も変に欠番があったりで。車掌さんに聞いてやっと座席を見つける。
    またオリンポスを見ながら眠る。
    15時頃テッサロニキに着き、荷物をコインロッカー(24時間3ユーロ)にいれる。4人の手荷物が全て
    入ってしまう大きさ。街に出て昼食とも夕食ともいえない食事を探す。今日は祝日な
    のでテッサも静かな街。1週間前に気に入った店に立ち寄る。開いている。奇跡的。
    でもあっちの店も気になるので行って見る。ここも開いてる。午後3時ここでギリシャ最後の
    食事
と決める。時間があるのでゆっくり楽しむ。
    その後は駅の待合室に行き各自ギリシャを去る準備。ユーロ残金の計算。うちは5ユーロ残っ
    た。この残金は翌日イスタンの飛行場の免税店でチョコ買ってきれいになくなるのです。
    座ってのんびりするとついつい眠ってしまう状態。
    そうでしょう、これだけ連日動き、食べてきたもの。
    18時列車に乗り込む。今回は部屋を交換する。僕たちが上下型、妹夫婦が天井型の部
    屋を使うことに。19時に列車が発車し、落ち着いたところでビュッフェ車輌に。酒を持ち込
    み、しばらく4人で語らい。西の空には夕日が美しい。
    21時頃部屋に帰る、そのままぐっすりでした。起されたのは朝4時ピティオン駅での出国
    検査時。おぅもうここまで来たか。どうせ1時間は発車しない。記念にと駅のトイレに行く。
    電気も付かず、薄くらい中ギリシャ最後のオシッコをする。(犬の臭い付けみたい)
    かみさんと国境の鉄橋、国旗が変わるのを見る。10分もするとまた入国審査。これが
    終わって、トルコ領内を走りだした時空がしらみ始める。また就寝。9時ころまでは寝て
    ただろうか。まだ2時間ほど走る計算。イスタンの街から50kmほど郊外で広大な住宅建設
    (3階建てのマンション形式)が行われてるのを見てびっくり。こんな需要があるのか?
    買える人がいるのか? ともかくものすごい量の住宅建設でした。
16日 イスタンブール観光 甥夫婦と食事 ジェラル・スルタン泊
    11時頃イスタンブールに到着。ホテルは1週間前と同じ。だからかって知ったるイスタンです。トラム
    でホテル近くまで。チャックインして街へ。
    トプカプ宮殿は明日にのこして、土産を買いに街へ。
    買った物をホテルに置いてまた街へ。オルタキョイの船着場で甥夫婦と待ち合わせ。
    そのまま船で1時間 ボスフォラス海峡をクルーズ。第一ボスフォラス大橋の下から出港、第二ボ
    スフォラス大橋の下までをクルーズ。この第二は日本の建設会社が作ったとのこと。甥はそ
    の耐震補強工事に携わってる。船をおりて、甥の事務所近くのレストランへ。イスタンブールの
    夜景を見ながらの会食。甥っ子いい場所に案内してくれた。
    満月と月食の夜。すばらしい夜になった。すばらしさで僕とかみさんは楽しく酔った。
    タクシーでホテルへ。
17日 イスタンブール観光 イスタンブール‐フランクフルト‐成田 機内泊
    最後の日 トプカプ宮殿の財宝に驚く。オスマントルコの強大さをその宮殿のすごさ、財宝の
    凄さから推測する。想像のはるかかなたなのだろう。
    トルコの歴史に興味がわく。西と東の接点にあって、それがゆえに常に要衝とされてき
    た。東洋のはずれの一島国の歴史には絶対ない壮大なものがありそう。
    宮殿のテラスからボスポラスを見る。第一大橋の下流で今日本の建設会社が沈埋工法で
    第三大橋ならぬ、第三トンネルを作ってる。その現場も見ることができた。
    まだ時間がある。歩いていける範囲にタイル貼りの美しいモスク(リュステム・パシャ・ジャミィ)が
    あるらしいので行ってみる。モスクの美しさはいろいろ見てきたが、ここはほんとに美しい。
    内部の落ち着き感と涼しさで絨毯に座り、ゆっくりくつろぐ。
    残り少ない金と相談しながらの生活。最後の最後ホテルの車で空港に送ってもらう代金
    が40トルコリラ、その際のチップが5リラ あわせて45リラを僕が預かって確保。残りと計算しな
    ながら最後の食事はつつましい。実はもう疲れて食べられない状態。
    15時ホテルの車で飛行場に送ってもらう。
    旅の間持ち歩いた酒が残ってる。どうせ機内には持ち込めない。ならばと空港内で
    掃除を担当してるおじさんにプレゼント。喜んで受け取ってくれた。
    フランクフルト 乗り継ぎ時間が45分のところへ、到着が少し遅れた。焦り気味でタラップを
    歩いていたら我々4人を指す掲示板を持ったお兄さんが立ってる。そこで我々4人は
    拉致され、別の口から場内バスにのせられ、空港内を歩くことなく乗り継ぎ便の搭乗口
    へ案内される。裏口に日本語がたっしゃな女性が待ってる。その女性に引き継がれ苦
    もなく登場手続き完了。この手配にはびっくり。楽しい経験ができた。
    フランクフルト発成田行きはANAとの共同運航便。ヨーロッパ各地で遊んできた日本人がここで
    乗り継いで日本に帰るようだ。飛行機にはANAのマーク、スチュワーデスにも日本人がいる。
    客も大半が日本人。もう日本に帰ったみたい。免税の酒を1本買う。ワインを数杯いただい
    て寝る。ただし、2回出た食事は完食しました。機内食もおいしくなりましたね。
18日 14:30 成田着
    成田で最後の土産を買い(適当なのが現地になかった)、食べたかったラーメンを食べる。
    家に20時に着く。それから食材を買いにスーパーへ。
    値引された寿司を買う。豆腐も買う。日本の食材 あれもこれも食べたくなる。

(つづきを読む)
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飛んでイスタンブール1

2008年08月19日 08時43分44秒 | 旅紀行
(旅行前半部はほぼ完成です。)

イスタンブールからギリシャをまわってきました。

甥が昨年イスタンブール勤務になった時に妻の妹夫婦と4人で「これは行かなくちゃ」と決まった旅行です。こんなことでもないと行きそうにもない場所だし。
計画、予約それに現地のコンダクターまで全て妹夫婦におまかせの気楽な旅。イスタンブールに飛んで行くことがまず決まって、あとは東に行くか、西に行くかです。トルコ内部より、ギリシャがいいとなって、鉄道を使って国境を渡り、エーゲ海を見てくることになりました。でもアテネまでは行けません。ギリシャの北半分だけでした。

07日 成田‐ミュンヘン‐イスタンブール ジェラル・スルタン泊
    搭乗手続き時に水の検査=酒が持ち込めない 煙草だけ買う。
     こうなるとトランジットありで成田に帰る場合は成田着の飛行機内での購入しか免税
     購入できないことになるよね。
    ミュンヘンでトランジット。3時間程。当然ビールを飲んで待つ。空港内はすいてるのですが、
    喫煙室はいろんな人種ですし詰め、女性も多い。ガラス張りの狭い空間だけ込んでる
    おもしろい光景でした。自分もその1人になるのですが。
    イスタンブール アタチュルク空港に23時到着。時差は7時間。機内15時間の長旅。
    さすがに疲れた。眠いような眠くないような、自分の体じゃないみたい。
    ここでトラブル。妹夫婦の手荷物が出てこない。この荷物 妹が息子のためにとしっか
    り詰め込んだ日本食材だけ入ってるトランク。このトランクを飛行場で迎えに来てる息子に
    渡してが予定。それが出てこない。ミュンヘンで積み忘れだったようで翌々日には無事
    息子さんに届いたようでした。荷物が見つかっても、持ち主は移動してて受け取れ
    ない。息子を特別扱いで空港内に入れてもらい、住所、仕事場、転落先などを彼に
    手続きしてもらう。どうにか飛行場の外に。もう12時をまわってる。大型タクシー(ワゴン)
    で6人ホテルへ。真夜中のチェックイン 
    寝る前にホテルの屋上へ出る。目の前にライトアップされたブルーモスクアヤソフィアがきれいだ
    った。
08日 イスタンブール観光 イスタンブール‐テッサロニキ 車中泊
    昨夜深夜の就寝にもかかわらず早朝から目をさます。早速散歩。
    モスク→アヤソフィァ→トプカプ宮殿 それぞれの前を通過してシルケジ駅へ。
    さらに船着場へ。どこから来るのか次から次と渡し船が入ってきて、大勢の人が
    降りて来る。朝の通勤ラッシュのようだ。
    駅前で有名な「胡麻パン」を買う。これが安くてうまい。旅を通してだが、トル
    コのパンはうまいです。ホテルに戻って朝食。異国に来た気分が盛り上がる。
    食後すぐにチェックアウト、16日の宿泊予約もして街中へ。ローマ帝国時代の地価貯水池
    ブルーモスクアヤソフィアと回る。言葉にできない「凄い建造物」でした。日本の歴史もりっ
    ぱだけど、ここは西と東の接点、いろんな民族が入れ替わり支配した土地、比較に
    ならない歴史を思わせる。
    3つ見て疲れちゃった。圧倒されたというのが本当か。ガラタ橋に移動、橋下のレストラン
    で「サバサンド」を食べる。鯖の半身を油で焼いてパンに挟んだもの。どうしてサバサンド
    と名が付いたかは不明。トルコ語で鯖の正式な言い方は別にあります。旅行本にも
    出てるくらいです。なかなか美味いです。自分でも作れそう。おいしいパンがあれば。
    食後新市街地のガラタ塔へ上がる。昔の城壁の一部、見張り台だったのでしょう。
    この展望台から旧市街地が一望できます。ボスポラス海峡も大橋も見えます。これぞ
    イスタンブールです。
    この写真 下の海はボスポラスから入り込んだ金角湾です。ボスポラスはもっと左です。
         奥の海はボスポラスの地中海よりの部分(=マルマラ海)です。金角湾の向こう
         が旧市街、左から宮殿、アヤソフィア、ブルーモスクが順に並んでます。
         宮殿の下がシルケジ駅です。
    イスタンブールを堪能した後、新市街の目抜き通り(銀座通りみたいな所)を散策。多国籍
    通りだ。お土産買いの下見気分。帰りに買えばいいのだから。
    トプカプ宮殿に戻ってきたが、前庭で一服してたら疲れがでてきちゃった。
    宮殿観光は最後の日にまわす。

    ホテルに帰って、預けた荷物を受け取り、ホテルの車でシルケジ駅に送ってもらう。
    ギリシャ テッサロニキ行きの寝台車に乗り込む。21時発で15時間の汽車移動。左右の天井
    に寝床があります
。このtypeの部屋と寝床が上下の部屋が交互にありました。
    夜中1時頃トルコ最後の村ウズンキョプルに到着、ここで出国手続き。3,40分停車。係官に
    「ヤポン」と言ったら、笑ってパスポートを返してくれた。
    やっと発車。すぐ国境の橋を渡る。鉄橋に描かれた国旗のマークが中ほどで変わったの
    が興味深かった。すぐにギリシャ最初の村ピティオンに着く。今度は入国審査。1時間ほどか
    かる。この駅でギリシャから走ってきた同じ夜行寝台とすれ違う。だから審査に時間が
    かかるのだろう。それと機関車を付け替えるのです。ギリシャの機関車はギリシャ側を、
    トルコのそれはトルコ側を往復するシステムのようだ。
    発車した汽車は今来たトルコに向かって走り出す。しかし線路は右にカーブ。さっき渡っ
    た国境の川に沿って走りました。    
09日 テッサロニキ観光 ホリデイイン泊
    11時過ぎにギリシャ第2の都市テッサロニキに到着。いやー疲れました。9時間位と思ってた
    のに15時間です。食堂車は付いてるのですが、販売はなにもやってません。この車両
    もギリシャの車両らしく、前夜トルコに向かった夜行で販売が行われ、ピティオン駅で機関車を
    交換した際、この車輌も空身で戻ってきたようだ。疲れと空腹でヘトヘト。
    第2というからさぞかし大きい街と想像してきたのに広島、仙台位の規模。人口の
    1/3はアテネに集中してるというから第2がこの程度もいたしかたないか。
    徒歩でホテルへ。チェックイン。荷物だけ置いて街へ。まず食事といきたいんですが、明日の
    移動手段情報の収集が先。というのも「インフォメーション・センター」が14時までらしい。ところが
    地図の場所に行ってもセンターがない。後は地元の人に聞きながら探す。1kmほど早足で
    歩いたか。やっと見つかる。親切な女性係員から情報収集。明日のことはほぼ決まる。
    実は国際免許を持って行ったのです。明日按配が悪かったらレンタカーで移動しようと
    考えてたんです。うまくバス便が見つかったので運転しなくてよくなった。
    安心して食事を探す。オープンカフェで「ケバブ」を食べる。パンに焼肉、揚げたポテト、他い
    ろいろ挟んである。地元の人はこれをテイクアウトして、歩きながらガブリとやってる。
    ギリシャ名物らしい。美味しいんですが、1つでおなかがいっぱいになります。
    食後は丘の上にある城壁跡の収容所を見に行く。強い陽射しの下坂を登る。歩いただ
    けで疲れた。それに収容所見学は14時で終わってた。
    街に戻り、食事をして、ホテルへ。
10日 ハルキディキ半島へ ペリーホテル泊
    ホテルの朝食もとらずに6時チャックアウト。タクシーで郊外のバスセンターへ。8時発のバスを予約、
    発車までゆっくり朝食。各自売店で食べたいパンと飲み物を買ってきての朝食です。
    今日向かうハルキディキ半島はギリシャの中央部、L字にくびれたところにエーゲ海に突き出し
    た3本の半島の総称。一般の人は右か左の半島に海水浴に行くそうです。
    じゃ真ん中は ここは富豪が利用する超高級リゾート地なんだそうです。オナシスさんのよ
    うなお方が別荘をお持ちらしく、プライベートビーチでお胸ポロンで日光浴なんだそうです。
    我々はそんな所へ行ってもしょうがないので左側の半島の先端ペクフォフォリ村に行く。
    バスは2時間です。東京の人が西伊豆に泳ぎに行く感じですかね。地元の女性が1枚取
    ればそのまま海に入れる状態の服装で同乗してる。いや~ すばらしいですね。
    村で下車、ホテルを探してチェックイン。海岸を散歩。ビヤダルさんも八頭身もみなビキニ。あんな
    大きいお尻が入る水着があるんだ。小錦みたいな方までいらっしゃいましたから。 
    昼食を済ませてホテルに戻る。海にさほど興味のない僕はプールで泳ぐ。溜めてきた体の
    汚れが綺麗に落ちた感じ。すっきり。疲れも全身に柔らかく浸透。プールサイドでビールが
    飲みたい。金を持ってないので我慢。ところがこのホテルのシステムは宿泊者はなにを飲
    み、何を食べても全て無料とのこと。後で知ったんです。チェックインの時に教えろよな。
    夕食はホテルの食堂。それから夜の街を散策。海辺の夜はどこも変わらない。 
11日 カランバカへ メテオラ観光 ディバニー・メテオラ泊
    今日もホテルの朝食をパスしてチェックアウト。6時半のバスでテッサロニキに戻る。さらに10:13発の
    汽車に乗り、パレオファルサロス経由カランバカへ。
    途中でオリンポス山(2917m)を見る。これがギリシャの最高峰で、12神が宿るとして神聖な
    山です。12時頃カランバカに到着。
    この街はそそり立つ岩山の上の修道院(メテオラ)で有名な、ギリシャでは神聖な土地です。
    昔は24個の修道院があったそうですが、今は6つ残ってて、実際に使われてもいます。
    駅に降り立つと目の前にその修道院がいくつか見えます。えっこんな岩山どうやって
    登るんだと思わせます。実際は裏側は山が続いていて、裏から回ればそれほど大変で
    もないんです。
    チェックイン後街へ。昼食を済ませ、タクシーでメガオ・メテオロン修道院(明日閉館なので)へ。
    宗教心はないんですが、なんとなく神聖な気分になりますね。おばさんが聖母の絵に
    口付けする姿、連れてる孫に礼拝の仕方を教える姿なんかを見ると、グッとくるもの
    を感じました。何者をも超越してる神の存在、それを信じる人間、一方でそれがある
    故に戦争が起きる現実、日本では見れない世界を見、考えさせられる。
    隣のブァルラーム修道院は外観だけ見て、行くのはやめる。
    16時半発のバスで街へ。今日もプールで泳ぐ。夕方5時をすぎてるのに陽射しはきつい。
12日 メテオラ観光 ディバニー・メテオラ泊
    7時の朝食後タクシーで別のメテオラへ。
    アギオス・ステファノス修道院 開院前に何人かの修道女が入って行く。今日当番の方達だろ
    う。9時に開院。昨日同様神聖な気持ちで散策。テラスの下にカランバカの街が一望できる。
    ますます神聖な気持ちになる。隣のアギア・トリアダ修道院に行く。
    予定ではここからトレッキングルートを歩いて街に下りる予定だったが、気分がいいので後2
    つの修道院もまわることにする。車道をタラタラ散策。結果的にはこれがなかなか
    いい散歩だった。ルサヌー修道院、アギオス・ニコラオス修道院とまわり、街に下る。途中でおな
    がすき、ビールを飲みたい気分に。街に入る手前の絶好の場所に食堂があり、肉を焼
    くいい臭いがしてくる。つられて座る。おいしい昼食。街中を散策、ホテルに帰る。
    明日明後日ブォロスに行くが、この2泊はホテルが決まっていない。ホテルでインターネットを借り
    (1時間5ユーロ=800円)、電話も駆使してホテルをあたる。ブォロスから先エーゲ海方面のホテ
    ルはどこも満員。結局ボロスの街中で2泊を予約。またプールで一泳ぎ。すっきりしたと
    ころで夕飯を食べに街へ出る。

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