僕が出勤する前に母が起きていることは稀なことで、さらに夜にも会合が続いたりすると、本当にほとんど顔を合わせる機会が無くなってしまう。もともと母は、僕にはそんなに関心をもっていない筈で、要するに妻がいさえすれば世の中のすべてが完結する世界に住んでいる可能性強くて、それはそれでかまわないことなのである。なのであるから、僕が一緒に住んでいるらしいことは、薄々感知はしているものの、そういう生活が続いていることには、あまり気付いていないかもしれない。ただしあまりにも僕の外食が続いてしまうと、ほんとうに顔を合わせることがほとんど無いので、どうやらその時間は自由であることが満喫できて、かえって楽しんでいるかもわからない。何しろ僕と一緒であると、ときどきは僕の会話を聞かなくてはならなくなる。僕の話にはまったく関心が無いのだから、そういう時間は苦痛におもっているようなのだ。時々今日は何があったのかと僕が聞いてみるのがますます嫌で、まったく違う返答が返って来る。要するに覚えていないことは答えられないので、そういうことを聞いてくる僕のことが煩わしいのである。
しかし、そういう妙な返答をする機会を捕まえて、自分語りのスイッチが入ったりもする。僕としてはそういうのが嫌なのだが、まあ、毎度のことなので仕方がないということは理解している。また始まったが、どのみち聞いたことのある話である。しかも最近はそれなりにごちゃ混ぜに話の内容がなっているので、時には予測不能にもなる。あれっ、これはそういう事にならないはずだけど、と思うが、違う話とつながっているので結論が違って見えるだけのことである。どうしてそういう違う話がつながっているのかはよく分からないが、自分の話だったのが妹のことだったり、どこか依然見たドラマの内容だったりするのだろう。もっとも自分なりに味付けをした作り話には違いなくて、事実では無いのである。
しかしいっしょに食卓についていると、それだけでなんとなく不満がある場合があって、今日はどこかおかえりにならないの? と言われる。自分のうちに帰って来ているのだけど、どこかに出かけなさいという意味なのではなかろうかと思われるが、母の自由な時間を奪っているのは僕なのであって、やはり申し訳ないことなのかもしれない。しかしながら僕もあんまりおもしろくも無いので黙りこくっていると、やはり不機嫌な様子も嫌なのかもしれない。不穏な空気が漂ってしまって、今夜もまた申し訳なかった次第である。