「それはゲソですか」
・・・は?
「いや、それは…ゲソですか?」
終電のホーム。
赤ら顔のオヤジよ。
このクソ暑い日中、
クールビズのご時世に、
ご苦労にもネクタイを着用し。
もはや何のドラマも期待しない
昨日と同じ1日を終え、
日が落ちて涼しくなると緩めることを許され、
いまやただの襟巻きと化してしまったそれを、
しかし外すことはせず。
理不尽なる上司に、若い者に、顧客に、
文句も言わず、
しかし言われ続け、
おそらくは何度となく下げてきたであろう
薄くなった白髪交じりのアタマから、
湯気の昇るほどに酔いどれ、
それと判るスメルを発し続けている、
スルメのようなオヤジよ。
なぜそれを俺に訊く。
なぜだ。
しかもお前が指しているのは、
俺の携帯入れじゃないか。
腰から下げた、タイガース柄の、
ウイリアムスの背番号に「IBUTAROH」とのった、
俺の携帯入れじゃないか。
何がどうしてゲソなのだ。
よりにもよってゲソなのだ。
何かと言い間違えたのか。
でも何と言い間違えたのか想像も付かないじゃないか。
俺に何を応えろと言うのか。
オヤジよ。
何が辛くてそこまでに戯れるのだ。
終電のホームではじっくり聞いてやることも出来ないじゃないか。
突っ込むことさえ難しいじゃないか。
心がすり減るから酒も進むだろうが、
オヤジの眼は遠くばかりを見ているじゃないか。
身も世もないように燃えているじゃないか。
日常からの脱出を願いながら、
一方で既に諦め。
四肢を地中深く埋められ、
アスファルトのわずかな隙間から
顔を出し呼吸することだけを許された
街路樹のごと。
それを生と呼んでいいのか、
哀しいまでにひたむきな開き直りに
充ち満ちているじゃないか。
これはもう全くもってオヤジじゃないか。
はかなく、しかし確かに燃え続けている灯が、
静かに消えるその日まで。
ただいいも悪いもなく、
灯を絶やさぬタメだけに、
今日を幾度もくり返すしかない。
人生とは金太郎飴だ。
なめてもなめても同じ顔。
そして最後には何も残らないのさ。
そんな気にさせられるじゃないか。
やがてきた終電に乗ろうともしないお前と、
無言で別れたばっかりに、
家路につく自転車のペダルが、
いつもよりも重く感じられてならないじゃないか。
オヤジよ、
もう止せ、こんな事は。
ーーー
すまぬ高村光太郎。
でも実話なんだ。
・・・は?
「いや、それは…ゲソですか?」
終電のホーム。
赤ら顔のオヤジよ。
このクソ暑い日中、
クールビズのご時世に、
ご苦労にもネクタイを着用し。
もはや何のドラマも期待しない
昨日と同じ1日を終え、
日が落ちて涼しくなると緩めることを許され、
いまやただの襟巻きと化してしまったそれを、
しかし外すことはせず。
理不尽なる上司に、若い者に、顧客に、
文句も言わず、
しかし言われ続け、
おそらくは何度となく下げてきたであろう
薄くなった白髪交じりのアタマから、
湯気の昇るほどに酔いどれ、
それと判るスメルを発し続けている、
スルメのようなオヤジよ。
なぜそれを俺に訊く。
なぜだ。
しかもお前が指しているのは、
俺の携帯入れじゃないか。
腰から下げた、タイガース柄の、
ウイリアムスの背番号に「IBUTAROH」とのった、
俺の携帯入れじゃないか。
何がどうしてゲソなのだ。
よりにもよってゲソなのだ。
何かと言い間違えたのか。
でも何と言い間違えたのか想像も付かないじゃないか。
俺に何を応えろと言うのか。
オヤジよ。
何が辛くてそこまでに戯れるのだ。
終電のホームではじっくり聞いてやることも出来ないじゃないか。
突っ込むことさえ難しいじゃないか。
心がすり減るから酒も進むだろうが、
オヤジの眼は遠くばかりを見ているじゃないか。
身も世もないように燃えているじゃないか。
日常からの脱出を願いながら、
一方で既に諦め。
四肢を地中深く埋められ、
アスファルトのわずかな隙間から
顔を出し呼吸することだけを許された
街路樹のごと。
それを生と呼んでいいのか、
哀しいまでにひたむきな開き直りに
充ち満ちているじゃないか。
これはもう全くもってオヤジじゃないか。
はかなく、しかし確かに燃え続けている灯が、
静かに消えるその日まで。
ただいいも悪いもなく、
灯を絶やさぬタメだけに、
今日を幾度もくり返すしかない。
人生とは金太郎飴だ。
なめてもなめても同じ顔。
そして最後には何も残らないのさ。
そんな気にさせられるじゃないか。
やがてきた終電に乗ろうともしないお前と、
無言で別れたばっかりに、
家路につく自転車のペダルが、
いつもよりも重く感じられてならないじゃないか。
オヤジよ、
もう止せ、こんな事は。
ーーー
すまぬ高村光太郎。
でも実話なんだ。