馬医者修行日記

サラブレッド生産地の大動物獣医師の日々

整形外科的緊急時の肢の応急固定

2008-03-20 | 整形外科

Photo_3 昨年のAAEPで、テキサスの Weems and Stephens Equine Hospital のDr.Janicekが、整形外科的緊急時にいかにして肢を固定するかを講演している。

骨折、脱臼、腱や靭帯の完全断裂などのときには、すぐに、正しく固定処置をしないと助かる馬も助からなくなってしまう。

なにせ馬は折れた肢で立ち上がろうとし、痛い肢でも振り回し、たちまち開放骨折になって汚染し、二次的に周囲の筋肉や血管まで傷つける。

正しい応急処置を知っておいてもらって、それなりの材料を用意しておくか、その辺にある材木や塩ビ管やガムテープを使ってでも固定して、手術ができるところへ運んでもらえば、助かる馬も増えるかもしれない。

                              -

Photo_2 前肢でも後肢でも1の部位、つまり球節を含めて、それより遠位ではハーフリムキャSection1 ストで応急処置できる。

ただし、この応急処置の場合でも中手骨あるいは中足骨と指骨(趾骨)が直線状になるように固定する。

蹄尖まで覆うと荷重を損傷部より近位へ逃がすことができる。

後肢ならこんな感じ(右)。

                              -

Section2 前肢なら橈骨の遠位部から、後肢なら飛節の下からはセクション2。Hsection2

ハーフリムでは役不足。

前肢なら肘から下を固定する必要がある。

後肢は飛節より遠位の場合に右のような応急処置をする。

                              -

Section3 Hsection3 橈骨が折れたり、後肢では脛骨や飛節が折れたら(セクション3)、橈骨部や脛骨からの固定では不十分で、骨折部から遠位が外へ開いてしまう可能性がある。

そこで、左や右のような長~い添え木が必要になる。

こんなものを用意しておくわけにはいかないので、そこら辺にあるものを利用することになるのだろう。

                              -

Section4 上腕骨が折れると応急処置といってもできることはほとんどないのだが、肢を少しでも負重できるようにしてやるためには、腕節を後から支えるように添え木を入れて肘から球節までを固定する。

こうすることで、馬は腕節を延ばして多少は負重できる(かもしれない?)

後肢で大腿骨を骨折した場合はできることはない。

                                                                  -

これらの方法はあくまで応急処置。

骨折やその他の損傷がひどくなるためのもので、このような固定をしておいて、詳しい診断や手術ができる所へできるだけ早く運ぶ必要がある。

                             -

正しく応急処置をして手術できる場所へ運べば、助けられる骨折馬はもっと増えると考えている。

数年前にAAEPでNunamaker先生が特別講演をされたのだが、その中で

「もう馬の骨折を治せるかどうかは技術的な問題ではなくなっている。経済的な問題にすぎない。」

と述べておられた。

これは、チョッと言いすぎかな?とは思うが、馬が骨折したら予後不良。というのはもはや短絡的過ぎる。

                             -

きのうは1歳馬の裂歯からの歯槽骨膜炎の掻爬手術、2歳馬の喉の内視鏡検査が2頭、競走馬の種子骨骨折の関節鏡手術、NICUに入院が2頭。JRAから見学者がお二人。


中足(手)骨内側関節面からの縦骨折

2008-03-18 | 整形外科

Mt3medfx 中手骨・中足骨の縦骨折で多いのは、外側関節面からの骨折。

しかし、内側関節面から縦骨折することもある。

内側関節面からの縦骨折はたいへん危険で、骨折線は遠位部で内側へ開いてしまわず、近位方向へしばらくは真っ直ぐ、骨幹中央部では螺旋状に伸びていく。

骨幹中央あたりでの斜骨折になることもあるし、もっと近位で横骨折することもある。

内側関節面からの骨折は中手骨より中足骨の方が多いようだ。

                            -

 内外対称に見える中手骨・中足骨だが、解剖でよく見ると内側関節面の方が広い。

実際には肢の荷重は内側関節面にかかっているのだろうと考えてきたが、真偽のほどはわからない。

いずれにしても、内側関節面からの骨折は致命的な骨折につながりかねないので、悪化しないうちにスクリュー固定する必要がある。

骨折線が伸びて螺旋骨折になり始めていたら、全身麻酔して手術するかどうか慎重に判断する必要がある。

麻酔覚醒時に斜骨折や横骨折する危険が非常に高い。

                            -

P3140002 左後肢の中足骨内側関節面からの縦骨折。P3140001

キャスト固定していたらしいが、ある日骨幹ほぼ中央で斜骨折してしまったそうだ。

前(背側)から見たのが左。

後(足底側)から見たのが右。

背側の骨折線は近位内よりへ伸び(左)、

足底側の骨折線は近位外よりへ伸びている(右)。

そしてそこでくるりと回って斜骨折した。

(スクリューは骨標本にしてから練習のために挿入したもの)

                           -

P3140003 これは右後肢の中足骨内側関節面からの縦骨折。

競馬場で発症して、痛みがひどくて輸送できず、数週間経って帰ってきた。

骨折線はもう近位へ伸びていたがスクリュー固定を試みた。

しかし、麻酔覚醒時に近位骨幹で横骨折した。

もし内固定するなら中足骨全長におよぶプレートを入れるべきだった(写真のプレートは骨標本にしてから装着したが短すぎる)。

骨折線は内側関節面からまっすぐ近位へと伸び、皮質が厚くなる骨幹中央で螺旋状に回り始めている。

P3140004 足底側の骨折線は近位外側へ伸びている。P3140005

骨折線周辺にはかなり骨増勢しているのがわかる。

横骨折した部位にもすでに骨増勢があったのがわかる。

今にして思えば、プレートを入れる手術をして、吊起帯を使って覚醒させるとか、

フルリムキャスト(膝したまで覆うキャスト)をするとかするべきだったかもしれない。

 手術しないで安静にする選択もあったかもしれないが、この症例はたぶん横骨折してしまっただろう。

                             -

 これらの経験から中足骨・中手骨の内側関節面からの縦骨折は、

骨折線が螺旋状になる前にしっかり骨端でスクリュー固定する(スクリューは遠位では内から外へ、近位へ行くほど内後から外前気味に)。

螺旋骨折が始まっていたら、しっかりキャスト固定して安静にするか、プレート固定手術する。

と考えている。

 内側関節面からの骨折は、外側関節面からの骨折に比べて痛みも強い。

しかし、蹄まで覆うキャストをして、できるだけ早く手術できるところへ運ぶべきだろう。

                                                                -

今日は、午前中2歳馬の球節の骨片骨折の関節鏡手術。

私は、午後は家畜保健所の事業報告会。

早産の仔馬の入院が1頭。


骨折馬のキャスト 2

2008-03-17 | その他外科

Photo 昨年のAAEPでコロラド州立大が立位の馬にどのようにハーフリムキャストを巻くかを講演している。

自然に立っている角度に球節以下を固定している。

蹄底は完全にキャストで覆う。

対側肢には、キャストをした肢と長さが合うように「下駄(elevated support limb shoe)」をつけている。

                           巻き方。

Photo_2 キャストしない肢を2×4の角材に乗せる。

キャストする肢は2×2の角材に乗せる(左)。

こうしておいてキャストを巻く。

最後に肢を持ち上げて蹄底も覆う!

                                 -

 発表者は自然に負重した肢勢にキャスト固定することで、キャストに伴う問題(キャスト擦れ、対側肢の蹄葉炎、etc.)などを減らせると考えているようだ。

角材に乗せておいて巻くので、ずっと肢を持ち上げて管骨(中手骨・中足骨)と指骨・趾骨が真っ直ぐになるように巻くより楽に巻けるかも知れない。

この場合も蹄底まで覆ってしまうことはポイントだと思う。蹄を出していては、負重が骨折部にかかってしまう。

蹄底を覆えば、荷重はキャストを通じて近位へ逃げていく。

しかし私は、骨折馬の応急処置としてはこの方法は推奨しない。

管骨(中手骨・中足骨)や指骨・趾骨に体重をかけさせないようにするためには、望ましくないからだ。

                                -

Photo 対側肢に履かす「下駄」はこんな感じ。

木の板にプラスチック板を貼り付けたものを蹄にあわせて切り、それを木ネジで蹄にとめている。

この方法は慢性蹄葉炎の管理にも使えるようだ。

それはそれで、あらてめて紹介したい。

                                -

                                -

今日は手術の執刀はなし。はア~楽だ。

さとうきなこさんの「地上の楽園」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/443411476X/httpdrhiblogj-22

はamazonでは在庫切れだそうだ。

補充されるそうなのでチョッと待ってね!

                               -

土曜の夕方、青木先生から電話。

「今、先生の母校の前を通ってますよ~。これから十三で飲み会です~。」

十三の夜はどうでしたか?

そう、私は18まで十三(じゅうそう)で育った。

プロフィールのhot, dirty, dangerous な街とは、知っている人は知っている十三です。

Machi11


骨折馬のキャスト 1

2008-03-16 | 整形外科

P3090007_4 Photo中足骨(左)、 中手骨(右)の骨折で応急処置としてキャストを巻いて来院するのだが、ほとんどが、このように蹄を出したキャストを巻いて来る。

これでは、馬が蹄に体重をかければ、体重はもろに骨折部にかかってしまう。

それに球節は体重をかけると沈みこむので、種子骨の後にキャスト擦れができやすい。

キャストは固くて、締める作用はないので、腫れるのを抑える力もない。肢が圧迫されるほどきつく巻けばたちまち傷ができるだろう。

                           -

骨折した肢にハーフリムキャスト(腕節あるいは飛節以下のキャスト)を応急処置として巻くなら、

・中手骨・中足骨と指骨・趾骨が直線状になるように巻いて、球節が沈み込まないようにする。

・蹄先まで巻いて、キャストで受けた体重を骨折部以外で支えられるようにする。(左下)

Photo_2 あるいは現役競走馬や育成馬を診療するなら Kimzy splint を用意しておいて応急処置に使うといいかもしれない(右)。P1130021

Kimzy splint も考え方は同じ。

蹄を覆う金属で受けさせた荷重を、つながっている金属のシャフトで中手骨・中足骨の近位につたえようとするものだ。

球節は進展して沈下することがないよう固定される。

発症した日や、翌日に手術できるならキャストを巻くより簡便で安上がりだろう。

                             -

しかし対側肢の蹄葉炎がすでにあったりして、どうしても自然に肢をついた位置でキャストを巻きたいこともあるかもしれない。

その方法について昨年のAAEPで発表されているので、そのうち紹介しよう。

                             -

11 先日来たのは、右後肢の球節内側からの縦骨折。

外側関節面からの縦骨折の骨折線は、最悪でも近位外側へ抜けていくが、内側の縦骨折は螺旋状に近位へ伸びていき、斜骨折するか、もっと近位で横骨折する。

発症後できるだけ早く、骨折線が伸びていかないようにスクリューで止める必要がある。

15 スクリューはこのように5本入れた。14_2

(右写真の遠位から2番目のスクリューは4mm短いスクリューに、3番目のスクリューは2mm長いスクリューに差し替えた)

内側からの縦骨折は、掌(足底)側の骨折線が外へ向けて伸びていき、背側は近位へ真っ直ぐ伸びるか、あるいは内側へ伸びていくと思っている。

だからスクリューは近位側ほど掌(足底)側から少し背側へ向けて入れる。 

内側からの縦骨折の骨折線がどのように伸びていくか理解しにくい?

本当にそうか信用できない?

どうして斜骨折や横骨折につながるかわからない?

そのうち骨標本をお見せします。


DSLD / ESPA

2008-03-14 | その他外科

 以前にも書いたのだが、球節が沈下してしまう馬がいる。後肢だと直飛(飛節が真っ直ぐに近く伸びてしまう)にもEspadropprd なってくる。

繋靭帯を中心とする懸垂機構の破綻。などと表現されていたり、繋靭帯が伸びているとか、前方脚が切れていたとか、浅屈腱が弱いのではないかとか、言われたり書かれたりしていることがある。

そうなる要因としても、高齢馬に多いとか、競馬で走った馬ほどそうなるとか、聞いたことがある。

この障害について、DSLD ; Degenerative Suspensory Ligament Desmitis (退行性繋靭帯炎)という概念を提唱しているグループがある。http://www.dsldequine.info/

そのグループは近年は、この障害を ESPA ; Equine Systemic Proteoglycan Accumulation (馬全身性プロテGomerolegs2オグリカン蓄積症)とも呼ぼうとしている。

http://people.delphiforums.com/RZECH/dsldvet/index.htm

後肢だけではない。前肢に起こることもある(右)。

                              -

 実際の症例を見たことがある人には、「ああ、あの馬はそういう病気だったのか」と思い当たるかもしれない。

球節が腫れあがる。

球節が沈下する。

繋靭帯部が腫れるEspalooseskinsm

中には皮膚が異常に弛緩してる馬がいる(右)。

その他にも症状はさまざまだ。

 診断方法としても、いくつか挙げられているが、

1.肢を触って痛みを診る

2.馬を自由に歩かせているときに跛行を観察する

3.屈曲試験をする

4.超音波画像診断でコア病変、断裂、太さの違いを調べ、計測する

が、どれも確定診断とは言えない。

最後は剖検して切除した病変を組織学的検査することだ(日本の病理の先生はこの病気を知っているだろうか?)。

遺伝子検査も考えられており、今、もっとも研究の焦点が当てられている部分だ(まだ確立されていないということ)。

末梢血でマグネシウムが低くなるとか、鉄代謝の異常でフェリチンが異常値になるともされているが、くわしいことはわからない。

 遺伝病だと考えられるので、このような馬は繁殖に供用しないように。とも言われている。しかし、血統と競走成績がすべてのサラブレッドの世界ではそのようなことは不可能だろう。

なんとYou tube にもこの病気に関する動画がある。Espaalex3

http://www.youtube.com/watch?v=7YXTxvTEJFo

生前診断法、病理学的検査所見、臨床病理検査法、発生要因、遺伝子診断法、その他、この病気について詳しい人がいたら情報を下さい。