酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「ストレイト・アウタ・コンプトン」~言葉で世界をぶっ壊せるか?

2016-01-10 01:13:04 | 映画、ドラマ
 10月に還暦を迎えるが、年齢による衰えを実感するケースが増えた。仕事先が移転したので土地勘を掴むため業後、東京駅に向かった……つもりが、初日は森下、翌日は竹橋に到着する。未来は徘徊老人といったところか。

 土曜日は新宿の映画館に向かう途中、夕刊紙(もちろん仕事先)を買ったつもりが、帰宅するとバッグにない。買い忘れたのか、失くしたのか、いずれにせよ健忘症は着実に進行し、痴呆症まで遠くない。「トイレ洗浄中」を便器にセットしようとしていたら、手が滑って袋ごと流してしまった。血が全身に巡っていないのだろう。中身は溶けるので大事に至らないと思うたが、果たして……。

 日本時間10、11日、NFLのワイルドカード4試合が開催され、勝者がディビジョナルプレーオフに進む。予想というより願望は、シアトル・シーホークスの2年ぶりのスーパーボウル制覇だ。ポストシーズンではモメンタムとケミストリーが勝ち抜くための必要条件になるが、その点で〝情の人〟ピート・キャロルHCの求心力が効力を発揮しそうだ。

 日本のNFLファンは、リーグの対応に感謝すべきだ。米フォーブス誌によるスポーツイベントの価値ランキングでスーパーボウル(NFL)はダントツ。夏季・冬季五輪、サッカーW杯、レッスルマニア(WWE)、アメフトとバスケットのNCAA王座決定シリーズが続き、ワールドシリーズ(MLB)は辛うじて10位だ。そのNFLがスカパーとNHKに請求している放映権料は米テレビ局の1000分の1以下ではないか。

 ヒップホップの支持者はNFLと距離を置いているようだ。ブラックカルチャーの象徴というべきスパイク・リーはニックスの熱烈なファンだし、エミネムもピストンズのTシャツを着ていた。今回紹介する「ストレイト・アウタ・コンプトン」(15年、F・ゲイリー・グレイ監督)には、ドジャースのキャップを被ったラッパーが登場する。

 本作は〝ヒップホップの伝説〟N.W.Aの結成(1988年)からイージーEの死までの7年間に追った物語だ。ちなみにタイトルは1stアルバムから採られている。暴力的、反権力的な歌詞で支配層から忌避されたデビュー作は、全米に衝撃を与える。

 俺はヒップホップやラップは聴かないが、本作に驚きと発見はいくつもあった。N.W.Aはストリートのルールが支配する無法の街、カリフォルニア州コンプトンで産声を上げる。イージーEは麻薬の売人として得た利益を元手にレーベルを立ち上げたが、ギャングとの不可分な関係が、その後に影を落とすことになった。

 根深い黒人差別が、ヒップホップへの支持を広める。貧困と格差が蔓延するスラムをギャングが仕切り、警察は暴力的に対応する。本作には警官の凄まじい暴力を知らしめたロドニー・キング事件(91年)の実写フィルムが挿入されていた。1st収録曲「ファック・ザ・ポリス」は、クラッシュがカバーした「ポリスとコソ泥」、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーンの「キリング・イン・ザ・ネーム」と並ぶ反警察ソングで、N.W.AはFBIの警告を無視してデトロイトで演奏し、逮捕されることになる。

 釈放後の会見で、イージーEは「俺たちは真実を歌っている。ロシア製の拳銃、南米からの麻薬の流入を見逃しているのは誰だ」と警察を批判する。ドクター・ドレーは「反ユダヤ的ではないか」とジャーナリスト(ユダヤ系)に指摘され、「俺たち黒人はゲットー(ヨーロッパでのかつてのユダヤ人居住区)に暮らしている」と反駁してインタビューを打ち切っていた。N.W.Aは黒人の憤りと怒りをストレートに代弁していた。

 本作は「ミッション・インポッシブル ローグ・ネイション」を上回るオープニング興行成績(3週分)を記録し、社会現象になる。ヒップホップがカルチャーとして米国に定着している証しといえる。「彼らがいたから僕が存在する」と語るエミネムを筆頭に、人種や国境を超え、多くのアーティストがN.W.Aにインスパイアされた。

 反逆もまたウリになり、ややこしい連中がN.W.Aの周辺に吸い寄せられ、ツアーは薬物とセックスまみれの乱痴気騒ぎになる。イージーEは悪徳マネジャーと縁を切れず、才能に溢れたアイス・キューブ、ドクター・ドレーはバンドを去っていく。断たれた絆が紡がれようとした矢先、イージーEのHIV発症が明らかになった。

 本作を見て、ポップミュージックは社会といかに向き合うべきか、改めて考えさせられた。どっぷり資本主義の毒が回った米ローリング・ストーンや英NMEと対照的に、ロックジャーナリズムの王道を歩んでいるのがロッキング・オンで、渋谷陽一社長のリベラル志向が誌面にも反映している。「ストレイト・アウタ・コンプトン」の謳い文句のように、言葉で世界をぶっ壊すのは難しい。でも、揺るがすぐらいは出来るはずだ。
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