酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「地球にちりばめられて」~多和田葉子の創作の秘密に触れる

2022-11-08 22:56:03 | 読書
 NHK・BSで録画しておいたドキュメンタリー「広がる〝持続可能な交通〟-都市変革の最前線」(2022年、ドイツ制作)を見た。大気汚染、地球温暖化、スペース不足を解決に取り組むバルセロナ、ベルリン、パリ、コペンハーゲン、シンがポールの試みを取材したもので、共通するキーワードは<市民と車>で、通底しているのは<コモン>の価値の追求だ。

 <コモン>とは全ての市民にとっての共用財、公共財で、本番組で取り上げられた市民のスペースだけでなく、水道再公営化、食料、教育、エネルギー問題にも波及し、民主主義の本質を問うムーブメントになっている。とりわけ冒頭で紹介されたバルセロナでは、市民と行政が手を携えて改革を推進している。各市の具体的な取り組みは割愛するが、行政側の<哲学>と市民の側の<意思表示>に羨ましさを覚えた。

 本番組で取り上げられた〝サイクリストの街〟コペンハーゲンを起点にした小説を読了した。多和田葉子著「地球にちりばめられて」(18年、講談社文庫)である。多和田の作品にはいずれの場所でも疎外感を覚える旅人、散歩者が登場する。「地球に――」は6人の語りで構成されているが、基点ともいうべきHirukoは母国喪失者だ。「献灯使」では日本が放射能汚染を恐れる諸外国の意思で遮断されていたが、本作では日本が失われ、さらに日本人は性的能力が衰えているという設定だ。Hirukoは日本語を話せる者を探して欧州を漂流する。

 詩人でもあり、ドイツ語と日本語で小説を発表する多和田にとって、伝達の手段である言語はどのような意味を持っているのだろう。パンスカ(汎スカンジナビア語)を創出したHirukoは、ドイツ語、フランス語、英語と日本語を紡ぎ合わせて周囲と交遊する。Hirukoにとって最も大切な友人はデンマークの言語学者クヌートで、会話や語りに多和田の表現の秘密が隠れている。

 「雪の練習生」で、人間の手で育てられた熊の名前が「クヌート」だった。クヌートは他の動物と交流し、自身のアイデンティティーを探し始めたが、クヌートの元にゲイをカミングアウトしたミヒャエルが現れるという展開に本作は重なっている。インド人男性アカッシュはクヌートに愛を告白した。

 多様性を追求する多和田の精神が隅々に行き渡っている。Hirukoが英語を話さないのは、普遍語扱いされる英語がネイティブとして話されるアメリカは社会保険制度が整っていないから、送られることに不安を抱いているからだ。

 〝言葉遊び〟は多和田の作品にちりばめられている。「雲をつかむ話」の<飛んできたドイツ語が、わたしの脳の表面にぶつかった瞬間、ひらがなに変身した>というのが印象的だったが、本作では鮨もキーワードになっていた。エスキモー(イヌイット)のナヌークはテンゾという名の鮨職人で、言葉をなくしたSusanoは日本出身でナヌークの師匠でもある。幾重にも張り巡らされた多和田の仕掛けを全て解くなんて不可能だが、最後に6人の語り部が一堂に会する。個人的にナヌークに奨学金を提供していたクヌートの母までもが引き寄せられたのだ。

 お開きになった大団円は次なる旅へのスタート地点だ。本作は三部作の始まりで先日、完成を見た。「星に仄めかされて」、「大陸諸島」の順で読んでいきたい。
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