goo blog サービス終了のお知らせ 

酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「昏き目の暗殺者」~言葉という醒めた刃

2007-04-18 00:34:22 | 読書
 バージニア工科大で悲劇が起きた。コロンバイン高校の惨事を上回る32の貴い命が犠牲になる。大学や警察の対応に過失があったことは否めないが、銃規制を進めない限り根絶されない事件といえる。狂気と兇器が容易に結び付く、銃社会の恐ろしさを再認識した。

 さて、本題。アメリカの隣国カナダの女流作家、マーガレット・アトウッド著「昏き目の暗殺者」(早川書房)を取り上げる。英連邦で最も優れた純文学に贈られるブッカー賞(00年)、北米の作家が著した最高のミステリーに授与されるハメット賞(01年)を併せて受賞し、「タイム誌オールタイムベスト100」にも選定された。映画化の可能性も高いので、興趣を削がぬようアウトラインを紹介する。

 「昏き目の暗殺者」は、語り手アイリスの妹ローラが遺した小説のタイトルでもある。物語を構成するのは、以下の四つの部分だ。

 <A…アイリスの日常> 老境に達したアイリスが精緻かつ淡々とした語り口で、癒やされぬ孤独を綴っていく。

 <B…アイリスの回想> カナダ近現代史を背景に、ある家族の没落と離散が語られる。釦工場を経営するチェイス家は、労働者への温情を保ち続けたアイリスの父の代で傾き始めた。アイリスの夫となったリチャードは、ナチスと取引する新興資本家で、政界進出の地歩を固めていた。腐敗したブルジョワジーの対極に描かれるのが、放浪する共産主義者アレックスである。

 <C…作中作「昏き目の暗殺者」> 荒唐無稽に思えたストーリーが、次第に神話的輝きを増してくる。「ペネロビアド」でギリシャ叙事詩を再構築した作者の面目躍如といえるだろう。

 <D…ある男女の秘められた愛> 作中作に付随する形で、秘められた愛が語られる。男女がどの登場人物に該当するのか、あるいは空想の産物なのか……。読者の好奇心を刺激する<導きの糸>の役割を果たしている。

 A~Dが絡まりながら物語は進行するが、軸になっているのは、アイリスと妹ローラの絆と相克だ。上流階級に倦みながらも順応するアイリスと対照的に、理想を求めたローラは壊れていく……、いや、壊されていく。主観と客観を織り交ぜ深層意識に迫る技法に、「都会と犬ども」(バルガス・リョサ)を思い出した。

 ページを閉じた後、言葉の断片が重なって、一つの巨大な影になる。「昏き目の暗殺者」の実像にようやく気付き、狂おしさと切なさが込み上げてくる。用いた兇器はナイフでも銃でもなく、醒めた言葉の刃だった。
コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「武」と「豊」で小波乱?~... | トップ | ソニックス&ボアダムズ~ビ... »

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。

読書」カテゴリの最新記事