ミュニシパリズムを掲げる<グリーン・レッド連合>がフランスの地方選で躍進し、多くの首長が誕生した。コービン英労働党前党首、米サンダース上院議員が提唱する<グリーンニューディール>は若い世代に浸透しており、いずれ構造が覆るかもしれない。<理念と大義>が息づく欧米とは対照的に、日本の状況は絶望的だ。
安倍首相はこの8年、対米隷属と私物化に専念して政権を運営してきた。コロナ禍への無策は目を覆うばかりだった。後任が経済、外交、民主主義の毀損など莫大な負債を返済するのは至難の業に思える。安倍首相が唯一、<理念と大義>に据えた改憲も、国民の間で支持は全く広がらなかった。
高らかに謳われる<理念と大義>は地獄への一本道で、カタストロフィーをもたらすことを示した映画「赤い闇 スターリンの冷たい地」(2019年、アグニシェカ・ホランド監督)を新宿武蔵野館で見た。封切り後2週間ほどなので、背景と感想を中心に記したい。
冒頭は「動物農場」(1945年)執筆中のジョージ・オーウェル(ジョセフ・マウル)のモノローグだ。管理社会の恐怖を予言した「一九八四年」は20世紀で最も影響力のある小説だが、オーウェルはホロドモールを告発したガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)に触発されたという設定になっている。
1932年から33年にかけ、スターリンは計画経済の成果を世界にアピールするため、ウクライナの農作物をモスクワに送る。結果として1400万人もの餓死者が出たという統計もある。毛沢東が主導し、数千万人が餓死した「大躍進政策」と並ぶ20世紀最大の虐殺のひとつだ。ソ連が公表する〝粉飾〟に疑義を抱き、ホロモドールに気付いたのはガレスの知人、ポール・クレブ記者である。
ロイド・ジョージ(元首相)の外交顧問の職を解かれたガレスはソ連に飛ぶが、クレブは公安警察に暗殺されていた。ベルリンやパリと変わらぬ頽廃に覆われたモスクワで、記者たちは共産党に飼い慣らされていた。クレブの恋人エイダ(ヴァネッサ・カービー)、彼女の上司でピュリツアー賞を受賞したNYタイムズのデュランディ(モスクワ支局長)も、共産党の<理念と大義>を上位に置く。
大恐慌で矛盾が噴出した資本主義に取って代わるものとして、知識人の多くは共産主義を支持した。恋人を殺されたエイダでさえ、ホロモドールは〝人類の輝ける未来のための犠牲〟だったと考えていたのだ。ロシア革命の本質を見抜いた者が日本にいた。別稿(今年4月12日)に紹介した伊藤野枝について、革命成立4年後に来日したバートランド・ラッセルは「多くの文化人と交流したが、好ましいと思った日本人はたった一人。伊藤野枝という女性で、高名なアナキスト(大杉栄)と同棲していた」と語っている。<中心>と<上下>に縛られたロシア革命の本質をいちはやく見抜いた慧眼に感嘆するしかない。
表現主義、ダダイズム、ロシアアヴァンギャルド、シュルレアリズムといった革新的ムーヴメントが共産主義とリンクしていたから、ロシア革命は神々しく映った。だが、文化的風潮と革命を紡いでいたトロツキーが政争に敗れて亡命するや、スターリン独裁の下、自由と創造性は失われた。
ガレスは単身、ウクライナに赴き、想像を絶する地獄を目にする。農作物は全てモスクワに送られ、は餓えた人々は家族の肉を食べる極限の状況に追い詰められる。哀しみと絶望に彩られた子供たちの呪わしい歌が、帰国しても耳から離れない。ソ連の脅しに屈せず真実を伝えるガレスを攻撃したのは、NYタイムズなど 〝良心的〟なメディアだった。
本作は33年と45年がカットバックして描かれる。ガレスの講演を聞いた後も、ソ連に一定の理解を示していたオーウェルだが、トロツキーの系譜を引くポウム義勇兵としてスペイン市民戦戦争で参加し、真実に気付く。スターリンの援助で勢力を増し、他のグループを圧殺する共産党軍を目の当たりにして「カタロニア讃歌」を発表した。
エンドマークでガレスの死が伝えられる。享年29だった。35年、取材に訪れた満州で銃弾を浴びた。ソ連の秘密警察に通じた者による犯行とされている。東京滞在時はゾルゲとも交流があったガレスは、日本現代史の闇に封印されている。
安倍首相はこの8年、対米隷属と私物化に専念して政権を運営してきた。コロナ禍への無策は目を覆うばかりだった。後任が経済、外交、民主主義の毀損など莫大な負債を返済するのは至難の業に思える。安倍首相が唯一、<理念と大義>に据えた改憲も、国民の間で支持は全く広がらなかった。
高らかに謳われる<理念と大義>は地獄への一本道で、カタストロフィーをもたらすことを示した映画「赤い闇 スターリンの冷たい地」(2019年、アグニシェカ・ホランド監督)を新宿武蔵野館で見た。封切り後2週間ほどなので、背景と感想を中心に記したい。
冒頭は「動物農場」(1945年)執筆中のジョージ・オーウェル(ジョセフ・マウル)のモノローグだ。管理社会の恐怖を予言した「一九八四年」は20世紀で最も影響力のある小説だが、オーウェルはホロドモールを告発したガレス・ジョーンズ(ジェームズ・ノートン)に触発されたという設定になっている。
1932年から33年にかけ、スターリンは計画経済の成果を世界にアピールするため、ウクライナの農作物をモスクワに送る。結果として1400万人もの餓死者が出たという統計もある。毛沢東が主導し、数千万人が餓死した「大躍進政策」と並ぶ20世紀最大の虐殺のひとつだ。ソ連が公表する〝粉飾〟に疑義を抱き、ホロモドールに気付いたのはガレスの知人、ポール・クレブ記者である。
ロイド・ジョージ(元首相)の外交顧問の職を解かれたガレスはソ連に飛ぶが、クレブは公安警察に暗殺されていた。ベルリンやパリと変わらぬ頽廃に覆われたモスクワで、記者たちは共産党に飼い慣らされていた。クレブの恋人エイダ(ヴァネッサ・カービー)、彼女の上司でピュリツアー賞を受賞したNYタイムズのデュランディ(モスクワ支局長)も、共産党の<理念と大義>を上位に置く。
大恐慌で矛盾が噴出した資本主義に取って代わるものとして、知識人の多くは共産主義を支持した。恋人を殺されたエイダでさえ、ホロモドールは〝人類の輝ける未来のための犠牲〟だったと考えていたのだ。ロシア革命の本質を見抜いた者が日本にいた。別稿(今年4月12日)に紹介した伊藤野枝について、革命成立4年後に来日したバートランド・ラッセルは「多くの文化人と交流したが、好ましいと思った日本人はたった一人。伊藤野枝という女性で、高名なアナキスト(大杉栄)と同棲していた」と語っている。<中心>と<上下>に縛られたロシア革命の本質をいちはやく見抜いた慧眼に感嘆するしかない。
表現主義、ダダイズム、ロシアアヴァンギャルド、シュルレアリズムといった革新的ムーヴメントが共産主義とリンクしていたから、ロシア革命は神々しく映った。だが、文化的風潮と革命を紡いでいたトロツキーが政争に敗れて亡命するや、スターリン独裁の下、自由と創造性は失われた。
ガレスは単身、ウクライナに赴き、想像を絶する地獄を目にする。農作物は全てモスクワに送られ、は餓えた人々は家族の肉を食べる極限の状況に追い詰められる。哀しみと絶望に彩られた子供たちの呪わしい歌が、帰国しても耳から離れない。ソ連の脅しに屈せず真実を伝えるガレスを攻撃したのは、NYタイムズなど 〝良心的〟なメディアだった。
本作は33年と45年がカットバックして描かれる。ガレスの講演を聞いた後も、ソ連に一定の理解を示していたオーウェルだが、トロツキーの系譜を引くポウム義勇兵としてスペイン市民戦戦争で参加し、真実に気付く。スターリンの援助で勢力を増し、他のグループを圧殺する共産党軍を目の当たりにして「カタロニア讃歌」を発表した。
エンドマークでガレスの死が伝えられる。享年29だった。35年、取材に訪れた満州で銃弾を浴びた。ソ連の秘密警察に通じた者による犯行とされている。東京滞在時はゾルゲとも交流があったガレスは、日本現代史の闇に封印されている。
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