竜王戦で藤井聡太八冠が伊藤匠七段に3連勝し、防衛に王手を掛けた。謙虚な〝絶対王者〟の存在が、将棋界の空気を変えつつある。藤井だけでなく、永瀬拓矢九段、豊島将之九段、菅井竜也八段らトップ棋士には将棋の理想を追う求道者の趣があるのだ。先駆者は羽生善治九段かもしれない。
棋士はともかく、人は誰しも序列や順位に囚われる。昨日行われたNPBのドラフト会議で、俺が応援しているベイスターズは1位で度会、2位で松本を指名した。答えは数年後に明らかになる。投手陣は上位指名が多いが、打者を年度順に挙げると桑原4位、宮崎6位、関根5位、佐野9位、山本9位、牧2位だった。
中村文則の新作「列」を読了した。最近の中村にしては珍しく150㌻と短めだが、完成するまで2年以上を費やしたという。3部構成になっており、第1部は人々が並ぶ列で、第2部で時間が遡行し、主人公の正体が明らかになる。第3部で列に戻るが、主人公と交流があった人たちも並んでいる。
主人公の心象風景、あるいはメタファーとしてまず現れるのは、異国の地で見た灰色の鳥、多色の鳥だ。繰り返し現れる<絞め殺しの木=他の植物に巻き付いて絞め殺して成長するつる植物>は本作に通底する基本のイメージで、競争によって成立する社会を表象しているとも受け取れる。主人公が執着しているのは<口角を上げる>ことだった。他者からの好感度アップに必要とされる表情に、主人公はなぜかこだわっている。
列は停滞し、前後に並ぶ者と軋轢が生じる。横に似たような列が出来ると人々は動揺し、順調に進んでいくのを見て列を離れ、隣の最後尾に並び直そうとする者も出てくる。先頭に何があるのかわからないが、少しでも列(≒組織)の前に進みたいという人間の本能を表している。主人公は前にいる女性に欲望を抱き、合意の上で後ろから何度も交わった。
第2部に入り、主人公の正体が明らかになる。草間という名の大学の非常勤講師で、ニホンザルの研究者だ。第1部で草間のモノローグが奇妙なほど冷静だったことを思い出したが、観察するのに慣れていたのだ。女性への絶えない欲望も、研究対象のニホンザルに同化していたのか。中村の作品には〝定番〟があるが、本作でも草間は欠落感と疎外感に苛まれる40歳前後の未来のない万年講師である。
草間が語るサル学は興味深い。ニホンザルとチンパンジーより、人間とチンパンジーの方が遺伝的距離は近く、同種間で殺戮が起きるのも人間とチンパンジーだけなのだ。一方でニホンザルの集団は緩い乱婚社会だ。草間は時折、夢想する。画期的な論文を発表し、学会の寵児になることを……。だが、現実は真逆だ。研究仲間の石井は若くて准教授の道を確保している。それだけでなく、付き合っているのは草間のかつての恋人なのだ。
本作で繰り返し言及されるデュルケムの「自殺論」について、中村は取材で以下のように語っている。<デュルケムの『自殺論』では、急激な不景気だけでなく、急激な好景気でも社会が病むことが指摘されている。周りが成功していくと自分の欲望が刺激されて増大し、でもその欲望は叶えられないと苦痛に変わる。SNSやインターネットが発展した今では、より他者と比べるようになり、「自分は劣っている」とか「人によく思われたい」と感じることも多くなってしまう。現代は人類史上、最もお互いが比べ合っている時代と言えます>……。中村は相対的にしか生きられない社会に問題提起しているのだ。
第2部で草間が出会った者たちが、具体性をもって第3部に登場してくる。並んでいる目的が各自の胸に仕舞われた整理券に記されていることがわかる。研究用語では<疎外個体>にあたる草間の整理券には<列に並ぶこと>と記されていた。
最後に草間は<楽しくあれ>と地面に書く。中村らしくない言葉だ。列の中で原発が爆発したといった噂が流れることもあった。中村はこれからどの列に並ぶのだろう。<楽しくあれ>に繋がるような小説を発表することを期待している。
棋士はともかく、人は誰しも序列や順位に囚われる。昨日行われたNPBのドラフト会議で、俺が応援しているベイスターズは1位で度会、2位で松本を指名した。答えは数年後に明らかになる。投手陣は上位指名が多いが、打者を年度順に挙げると桑原4位、宮崎6位、関根5位、佐野9位、山本9位、牧2位だった。
中村文則の新作「列」を読了した。最近の中村にしては珍しく150㌻と短めだが、完成するまで2年以上を費やしたという。3部構成になっており、第1部は人々が並ぶ列で、第2部で時間が遡行し、主人公の正体が明らかになる。第3部で列に戻るが、主人公と交流があった人たちも並んでいる。
主人公の心象風景、あるいはメタファーとしてまず現れるのは、異国の地で見た灰色の鳥、多色の鳥だ。繰り返し現れる<絞め殺しの木=他の植物に巻き付いて絞め殺して成長するつる植物>は本作に通底する基本のイメージで、競争によって成立する社会を表象しているとも受け取れる。主人公が執着しているのは<口角を上げる>ことだった。他者からの好感度アップに必要とされる表情に、主人公はなぜかこだわっている。
列は停滞し、前後に並ぶ者と軋轢が生じる。横に似たような列が出来ると人々は動揺し、順調に進んでいくのを見て列を離れ、隣の最後尾に並び直そうとする者も出てくる。先頭に何があるのかわからないが、少しでも列(≒組織)の前に進みたいという人間の本能を表している。主人公は前にいる女性に欲望を抱き、合意の上で後ろから何度も交わった。
第2部に入り、主人公の正体が明らかになる。草間という名の大学の非常勤講師で、ニホンザルの研究者だ。第1部で草間のモノローグが奇妙なほど冷静だったことを思い出したが、観察するのに慣れていたのだ。女性への絶えない欲望も、研究対象のニホンザルに同化していたのか。中村の作品には〝定番〟があるが、本作でも草間は欠落感と疎外感に苛まれる40歳前後の未来のない万年講師である。
草間が語るサル学は興味深い。ニホンザルとチンパンジーより、人間とチンパンジーの方が遺伝的距離は近く、同種間で殺戮が起きるのも人間とチンパンジーだけなのだ。一方でニホンザルの集団は緩い乱婚社会だ。草間は時折、夢想する。画期的な論文を発表し、学会の寵児になることを……。だが、現実は真逆だ。研究仲間の石井は若くて准教授の道を確保している。それだけでなく、付き合っているのは草間のかつての恋人なのだ。
本作で繰り返し言及されるデュルケムの「自殺論」について、中村は取材で以下のように語っている。<デュルケムの『自殺論』では、急激な不景気だけでなく、急激な好景気でも社会が病むことが指摘されている。周りが成功していくと自分の欲望が刺激されて増大し、でもその欲望は叶えられないと苦痛に変わる。SNSやインターネットが発展した今では、より他者と比べるようになり、「自分は劣っている」とか「人によく思われたい」と感じることも多くなってしまう。現代は人類史上、最もお互いが比べ合っている時代と言えます>……。中村は相対的にしか生きられない社会に問題提起しているのだ。
第2部で草間が出会った者たちが、具体性をもって第3部に登場してくる。並んでいる目的が各自の胸に仕舞われた整理券に記されていることがわかる。研究用語では<疎外個体>にあたる草間の整理券には<列に並ぶこと>と記されていた。
最後に草間は<楽しくあれ>と地面に書く。中村らしくない言葉だ。列の中で原発が爆発したといった噂が流れることもあった。中村はこれからどの列に並ぶのだろう。<楽しくあれ>に繋がるような小説を発表することを期待している。