酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「バジュランギおじさんと、小さな迷子」~カラフルな玉手箱に込められた祈り

2019-03-30 12:43:32 | 映画、ドラマ
 ショーケンこと萩原健一さんが亡くなった。享年68、ここ数年は難病との闘いだったという。テンプターズ→PYGを経てソロになってからも、ライブアルバム(レイニーウッドとの共演)など名盤を発表する。「約束」、「青春の蹉跌」など記憶に残る映画も多い。

 世紀が変わった頃から、ショーケンは様々な理由で失速した。「傷だらけの天使」で弟分を演じた水谷豊とは好対照といえる。自業自得の側面も否定出来ないが、アウトローのイメージが時代にそぐわなくなったのだろう。奔放な革命児の死を心から悼みたい。

 エルサレムの首都承認に続きゴラン高原の主権容認と、トランプ大統領のイスラエル援護が波紋を広げている。汚職で追い詰められているネタニヤフ首相は総選挙に向けガザ空爆を再開した。国連や欧州各国は悪の枢軸<アメリカ-イスラエル>に批判を強め、反ユダヤ主義の蔓延も囁かれている。排外主義者のターゲットになることを危惧するユダヤ人も多い。

 憎悪の連鎖を断つためにも、米イの自重を願っているが、世界は火薬庫に事欠かない。最たるものはインドとパキスタンの核保有国で、カシミールの領有権を巡って対立している。両国を舞台にしたインド映画「バジュランギおじさんと、小さな迷子」(2015年、カビール・カーン監督)を見た。ボリウッド(インド映画の俗称)らしく、歌あり踊りありの2時間半を越えるエンターテインメントだった。

 6歳の少女シャヒーダー(ハルシャーリー・マルホートラ)と、通称バジュランギことパワン(サミール・カーン)がW主人公で、パワンの婚約者ラスィカー(カリーナ・カプール)の知性と覚悟が彩りを添えていた。パキスタン山岳地帯に暮らすシャヒーダーは言葉が話せない。母に連れられインドに治療に赴くが、アクシデントが重なり迷子になってしまう。

 偶然出会うのが、ハヌマーン神(ヒンズー教)を信仰するパワンだ。落第を繰り返した後、何とか卒業し、亡き父の知人ダヤーナンド宅に居候するうち、娘ラスィカーと恋仲になる。連れてきたシャヒーダーも家族の一員として迎えられた。インド社会の仕組み、宗教について知識はないが、ハヌマーン神の由来らしく、猿が何度か画面に登場していた。

 「バルカン超特急」(1938年、ヒチコック監督)にも描かれていたが、英連邦諸国でクリケットは絶大な人気を誇り、印パの試合は戦争並みの熱気に包まれる。村人たちとテレビ観戦していた時、母が産気づく。決勝打を放った選手にちなんでシャヒーダーと命名された。ダヤーナンド家で観戦していた時、パキスタンの勝利に歓喜を爆発させる姿に、シャヒーダーがムスリムであることが露見した。

 信仰の篤さと勇気が取り柄のパワンは、シャヒーダーをパキスタンに連れ帰ることを決意する。パワンは一転〝出来る奴〟になり、サミール・カーンが得意のアクションを披露していた。ハルシャーリーの可憐さに目が釘付けになる。悲しみ、不安、喜びを台詞抜きで表現する希有な天才少女の登場だ。

 印パの埋め難い軋轢、「スラムドッグ$ミリオネア」にも描かれていた人身売買の実態、公的機関とメディアの頑迷さ……。「走れメロス」のように正直さを武器に数々の壁を越えていく。後半はフリージャーナリストを同行者にしたロードムービーの趣だ。両国の人々を支えるのは敬虔な信仰だった。

 グローバル企業と結び着いたアメリカの福音派、イスラム教やユダヤ教の原理主義者が憎しみを増幅させているが、本作は空気が柔らかい。パワンはシャヒーダーを家族に送り届けるため、モスクの指導者と手を携える。祈りとは本来、寛容の精神と近いのでは……。そんな希望を覚えたが、同作公開後3年余、印パ両国の関係は悪化している。 

 本作を大団円に導いたのはスマホだった。俗っぽさと神聖さのコントラストが鮮やかな本作は恋あり、アクションありのカラフルな玉手箱だ。憎しみを昇華したいとの製作サイドの祈り、SNSの影響力も織り込まれ、世界を席巻するインド映画の到達点を実感させられた。
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