酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

桜満開の時節、「バイバイ、ブラックバード」と「去年の冬、きみと別れ」に痺れる

2018-03-28 20:35:48 | 映画、ドラマ
 上野公園から不忍池というコースで花見を楽しんだ。半袖の白人、ヒジャブを被ったムスリムの女性、アジアからのツアー客と道行く人々は国際色豊かである。<桜という文化>に親しんでいるのは外国人の方かもしれない。

 同行した知人は先週、留学時代の仲間と北京を訪れ、天安門広場に向かったが、警備が厳しく近づけなかったという。金正恩訪中を控えた準備だったかもしれないが、<広場の文化>は中国で失われている。東京でも深刻な事態が進行中だ。29日に都議会を通過する「東京都迷惑防止条例法案」は、警察が集会やデモの参加者を恣意的に逮捕出来るという共謀罪に匹敵する悪法だ。

 10代が立ち上がり銃規制を求める大規模な集会が開催されたアメリカだけでなく、韓国、台湾、香港でも<広場の文化>は健在だ。100万近い人々が街を〝占拠〟しているが、日本では完全に失われた。森友問題で政権が倒れない日本は、他の先進国からは独裁国家と映っているに相違ない。

 還暦過ぎても読書を修行と考えている俺には、<ミステリーやサスペンスは映像化作品で接する>という決め事がある。伊坂幸太郎の原作も映画は数本見たが、読んだのは「キャプテンサンダーボルト」(阿部和重との共作)と「死神の精度」だけだ。

 「バイバイ、ブラックバード」(WOWOW、全6話)を録画してまとめて見た。筋の悪い借金を背負った星野(高良健吾)は2週間後、〝人間として生活を送れない場所〟へバスで運ばれる。猶予期間中、5人の恋人に別れを告げる星野に婚約者として付き添うのが繭美(城田優、女装)だ。5人との馴れ初めが回想シーンで描かれ、柔らかくなった空気を繭美が破る。

 草食系で培養液のように女性を癒やす星野、肉食系で粗暴な繭美……。対照的な二つの魂は次第に相寄り、繭美の刺々しさの奥に潜む絶望と孤独が浮き彫りになる。繭美が持ち歩く辞書は、肯定的な意味を持つ言葉の数々(例えば「人助け」)が塗り潰されている。

 時代設定といい、星野と繭美の存在感といい、リアルと曖昧が象る緩い空間に迷い込む。余韻が去らぬエンドマークの先、何が起きるか想像してみた。星野と繭美の会話が肝で、5人の女性もチャーミングだった。「ブラックバード」はビートルズ、「バイバイ、ブラックバード」はジャズのスタンダードで、歌詞はともにドラマの内容とマッチしている。

 「去年の冬、きみと別れ」(18年、瀧本智行監督)を新宿で観賞した。中村文則の原作は4作、映画化されているが、見たのは「最後の命」(2014年、松本准平監督)に次いで2本目になる。

 小説(13年発表)をブログで紹介する際、中村について辛口に評した。<不満を覚えるのは重量感のなさで、本作を読み終えるのに3時間かからなかった。(中略)饒舌な長編を切に願っている>と……。俺の願いは叶った。「教団X」(14年)と「R帝国」は現在の日本を照射する重厚な長編だった。

 冒頭、ワーナーブラザーズのロゴがスクリーンに大写しになる。中村の作品はNYタイムズやウォールストリート・ジャーナルなどで年間ベストテンに選出されているから、本作も全米で公開されるのだろう。興味深いのは、日米で捉え方が異なる点だ。亀山郁夫前東京外大学長が<ドストエフスキーが追求したテーマを21世紀の日本に甦らせた>と評するように、日本では純文学の旗手と見做されているが、アメリカではミステリー作家にカテゴライズされている。

 若い女性が館内を占めていたことに驚き、帰宅後〝復習〟して、主役のフリーライター、耶雲(=中園)を演じた岩田剛典がEXILEのメンバーだと知る。耶雲と対峙する木原坂(斎藤工)は「地獄変」(芥川龍之介)の絵師に自分を重ねる悪魔の如きカメラマンだ。後半に進むにつれ、耶雲の佇まいが木原坂に近づいていく。

 映像化不可能とされた原作は「2章」→「3章」→「1章」で再構成され、秀逸なエンターテインメントとして完結する。中村ワールドに頻繁に登場する〝絶対者〟はある時点まで木原坂の姉朱里(浅見れいな)で、〝あらかじめ失った者〟を耶雲が体現していた。この3人を繋ぐ編集者の小林(北村一輝)、耶雲の婚約者である百合子(山本美月)も重要なキャストだが、タイトルに含まれる「きみ」、そして〝闇の司祭〟の正体がラストで明らかになる。

 原作では<資料>と名付けられた各章に、雄大や朱里を巡る経緯、主観不明のモノローグや会話が挿入され、時空を超えて遡行していく。細部まで仕掛けが施されていたが、映像化された本作では痕跡が鮮やかに示されていた。

 憎しみとは、狂気とは、全てを擲ってもいい愛とは……。こう問い掛ける本作は、原作を超えたと思う。中村自身、同じように感じているのではないか。「ユージュアル・サスペクツ」に迫るドンデン返しというのは褒め過ぎかな。
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