酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「R帝国」~中村文則が提示するリアルなデストピア

2018-03-12 22:01:42 | 読書
 東日本大震災から7年、この間に感じたことは別稿で記したい。代々木公園で開催される反原発集会(21日)にはブーススタッフとして参加する。

 自殺した財務省職員の苦悩はいかほどだったのか、想像するに余りある。冥福を心から祈りたい。この経緯に、「悪い奴ほどよく眠る」(黒澤明監督)を重ねた方も多いはずだ。火口に飛び込む寸前の公団管理部長(志村喬)を助けた西(三船敏郎)が、汚職の闇に迫るというストーリーである。

 証人喚問逃れで辞任した佐川国税庁長官でさえ〝被害者〟に見えてしまう。居座りを画策する麻生財務相、国家を私物化する〝最も悪い奴〟安倍首相を高枕で眠らせてはいけない。映画公開から60年、この国は何も変わっていないどころか、明らかに劣化していることを実感した。。

 前稿で紹介した「ロープ/戦場の生命線」は〝戦闘シーンなき戦争映画〟だったが、戦争を後景に据えた中村文則の「R帝国」(17年、中央公論新社)を読了した。突発的に起きたのではなく、様々な国の思惑によって仕組まれた戦争であることが明らかになる。

 辺見庸は「3・11後、言葉は以前と同じものであってはいけない」と語ったが、指向性を鋭く変えた作家のひとりが中村だ。兆しを感じたのは短編集「A」で、従軍慰安婦、中国における日本軍の残虐行為をテーマにした作品が収録されていた。本作には沖縄戦を含め、中村の正しい歴史認識が織り込まれている。

 「R帝国」は近未来を舞台にした21世紀版「1984」の趣もある。ビッグ・ブラザーに比すべきは<党>の指導者、加賀だ。矢崎とアルファ、栗原とサキの2組の男女が織り糸で、古賀を含め主要な登場人物は宿命によって紡がれている。ポリティカルフィクション、デストピアであると同時に、優れた恋愛小説の側面もある。

 R帝国では各自が人工知能を搭載した携帯機器(HP)で情報を収集し、他者と連絡を取り合う。HPには人格と感情があり、時に所有者にアドバイスする。ITの進歩によって自由を獲得出来るはずだったのに、管理のツールと化したHPによって社会は閉塞する。現在日本で起きていることが、R帝国で加速度的に進行している。

 R帝国とは近未来の日本だ。思想弾圧が徹底し、<抵抗>という言葉だけでなく、抗うという意識も消去されている。太平洋戦争時における日本の棄民やナチスドイツの蛮行は、時折アップされる<小説>として人々の目に触れる。だが、加賀が言う<半径5㍍以内の出来事にしか関心がない>国民は全てをゲームのように眺めている。

 唯一、<党>に反抗する「L」に、「悪と仮面のルール」(10年)に登場した「JL」が重なった。革命を志向したことのある「L」だが、現在は<多様性、平等、調和>の理念を仲間と共有し、社会を根底から変えようと息を潜めている。

 中村はドストエフスキーの影響が強い。「カラマーゾフの兄弟」の「大審問官」を彷彿させる場面が本作にもある。<邪>を体現する加賀は、神をも冒瀆するような傲慢さと大衆への侮蔑を隠さない。サキと対論するが、公正な条件ではない。石井部隊の生き残りを想起させる加賀は、洗脳を含め生殺与奪の力を握っているからだ。

 原発事故と再稼働、秘密保護法、戦争法、共謀罪……。辺見は「華氏451度」を念頭に、「日本の現状に、物書きとして絶望している」と記していた。中村にとって本作は、<反抗する作家>としてのマニフェストかもしれない。ネット空間を支配する党公認の「ボランティア・サポーター」は、自民党が「サポーターズ・クラブ」から育んだネット右翼そのものだ。中村を検索したら、〝反日〟のタグが付く日も近いのではないか。

 中村の小説を読む際のBGMはザ・クーパー・テンプル・クロースと決まっている。憂鬱と倦怠が滲むダウナーな音にマッチするからだ。野球ファンの中村は開幕を心待ちにしているはずだ。贔屓チームは知らないが一球一球、食い入るように画面を見つめているらしい。とても息抜きとは思えない気もするけれど……。
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