酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「マラス」~凄惨な暴力の彼方に差す光

2017-06-09 11:55:32 | 読書
 ヤクザといえば、眉を顰める人は多いだろう。首領の意向は忖度され、強制力を伴って下々に行き渡る。従わなければ命の保証もない。ここ数年、暴対法によって、ヤクザ社会の景色は変わった。〝暴力装置〟を引き継いだ安倍政権だが、森友と加計の異様な経緯、シンパ記者のレイプもみ消しが明らかになった今、メディアの協力をもってしても、国民の反発を抑えられなくなってきた。

 俺はヤクザ映画の大ファンだ。かなりの本数を見た結論は<良質な作品は暴力団を否定している>。利益第一で企業化する組織に、義理と人情に縛られた個が盾突く。鶴田浩二、高倉健、菅原文太はスクリーンで鮮やかに散ってみせた。傍流というべきは、しがらみなんて糞食らえと、狂犬の如き個が登場する作品だ。松方弘樹や千葉真一は抑制不能の突破力で組織を混乱に陥れる。

 俺は前者の〝破滅の美学〟が好みだが、地球規模で俯瞰すると、〝暴力の形〟は後者の方が一般的だ。典型というべきはブラジル映画「シティ・オブ・ゴッド」(2002年)か。開高健ノンフィクション賞受賞作「マラス 暴力に支配される少年たち」(工藤律子著、集英社)にも剥き出しの暴力が描かれている。

 「ストリートチルドレンを考える会」代表で、メキシコの貧困救済に取り組んできた工藤が、ホンジュラスの絶望的な状況をリポートしたのが「マラス」である。愕然とさせられるのは当地での命の値段の安さで、街に屍の山が築かれる。「マラス」とは抗争中の二つのギャング団、<MS>と<18>(ともに略称)の総称で、子供たちは自然に組織に組み込まれ、見張り役→恐喝→強盗→麻薬や銃の密売→殺人と行為をエスカレートさせ、正式なメンバーと認められる。

 トランプ大統領はメキシコとの国境に壁を設置すると公約したが、移民流入の原因を招いたのはアメリカ自身だ。メキシコで格差と貧困が急激に拡大したきっかけは、アメリカ、カナダと締結した北米自由貿易協定締結(NAFTA、1992年)だった。メキシコの地場産業は壊滅し、失業者は夢と富を求めてアメリカを目指す。グローバル企業の簒奪はホンジュラスでも変わらない。日本からは<メキシコ→アメリカ>のベクトルしか見えてこないが、ホンジュラスなど中米諸国で、メキシコはアメリカへ渡るための中継点と見做されていることを本作で知った。

 ギャングの構成員に「どうして入ったのか」と問うと、答えは古今東西、さほど違わない。即ち、「他の選択がなかった」……。ホンジュラスにおいても、貧しさゆえ暴力がはびこる家庭に見捨てられた子供が我が身を守るためには、ギャングに入るしかない。だが、メンバーになれば〝死の掟〟に縛られ、脱退は許されない。組織と警察の暴力から逃れるためにようやく辿り着いたアメリカでも、マラスのネットワークは張り巡らされている。

 工藤は世界中の若者が<偽りのアイデンティティーで自分をごまかし、生き延びようともがいている>と記している。<偽りのアイデンティティー>とはタトゥーであったり、マッチョイズムだったりする。格差と貧困が拡大する中、日本の若者も、表現は草食系だが、〝沈黙の掟〟に従いつつ、<偽りのアイデンティティー>に籠もりつつあるのではないか。

 出口のない世界を描きつつ、本作には彼方の光が用意されている。10代前半で頭角を現し、幹部まで上り詰めたアンジェロは、複数の体験から啓示を受け、今では地域で牧師として活動している。アンジェロに限らず、更正して神に仕える者は多いが、組織は縄張りを侵す神には寛容だ。刑務所でも頻繁に牧師や神父の法話の会が開かれ、現役ギャングが耳を傾ける。

 冷酷な掟に生きる者たちも、<真実のアイデンティティー>を求めているのだろう。工藤も記していたが、海外で「あなたは何を信じていますか」と問われ、戸惑う日本人は多いという。俺の答えは「仏教です」と決まっている。内実は今、構築中だ。
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