酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「貧困の発明」~メルヘンへと飛翔する経済、いや恋愛小説

2017-06-02 12:12:50 | 読書
 NHK杯将棋トーナメントで〝異能派〟宮田敦史六段が、〝捌きのアーティスト〟久保利明王将に完勝する。俺が好む棋士のタイプは〝集団からはみ出しそうな個性派〟で、宮田はその典型だ。1年3カ月の休養を挟むなど、病弱のためクラスは上がらないが、ファンは〝巧まざるユーモア〟を愛している。

 乾貴士(エイベル)に焦点を定めたノンフィクション(WOWOW)を見た。2005年度、高校日本一に輝いた野洲イレブンのひとりという。同校の監督はバルセロナへの憧れをチームつくりに反映させた。今季最終戦でバルセロナから2ゴールを奪った乾は、大きな達成感を覚えたはずだ。メンディリバル監督の「日本人の欠点は決め事に従順過ぎること。(乾は)もっと自由に動いてもいい」という発言は、この国の病巣を抉っている。

 日本の集団化が夥しい。身近の理不尽や不条理を看過する姿勢、即ち<集団化=忖度=空気を読む>が安倍政権を下支えしているのだ。森友、加計に続き、親政権のジャーナリストによる強姦事件が<官邸=司法>の共謀によって免罪されていたことが、被害者の告発で明らかになった。安倍政権の下で進行する対米隷属や右傾化を憂える人は、自身が寄る大樹伐採から始めてほしい。

 アメリカ東海岸を舞台にした「貧困の発明~経済学者の哀れな生活」(タンクレード・ヴォワチュリエ著、早川書房)を読了した。著者はフランス人の経済学者で、帯の<トマ・ピケティ絶賛。「これまでに読んだいちばん可笑しな小説」>につられて買った。

 主人公は近所で暮らすことになった二人の男だ。一人目はサブタイトル通り、〝哀れな経済学者〟ことロドニーだ。年収は俺の200倍前後か。世銀やIMFでキャリアを積み、複数の金満財団と契約している。現在はコロンビア大で教壇に立ちながら、ドン・リー国連事務総長の特別顧問として「貧困撲滅プロジェクト」を主導している。ロドニーは〝エリートとしての作法〟を保ち、右顧左眄して階段を上ってきた。

 自称〝社会民主主義者〟で公正に価値を置く。ノーベル賞とは無縁のテーマというべき貧困を研究の軸に据えるロドニーだが、貧困撲滅に全く寄与していないことに読者は気付かされる。別稿(1月25日)で紹介した映画「ポバティー・インク」(14年、マイケル・マシスン・ミラー監督)は、国連、国際金融機関、グローバル企業、NGO、善意の著名人が<貧困産業>を形成し、結果として<貧困のスパイラル>が起こる経緯を描いている。まさにロドニーこそ、その構図のキーパーソンなのだ。

 ロドニーはデータをフル活用して<貧困を発明>するが、実態は知らない。世界の貧困地区を訪れても、宿泊するのは高級ホテルだ。人も羨む〝虚名〟で着飾ったロドニーが、ご褒美を手にする。ベトナムで見つけた美少女ヴィッキーの後見人になり、アメリカの大学に入学させる。結婚は必然のゴールだったが、野生児である新妻は薬物にも抵抗がない。しかも、ロドニーは性的能力にコンプレックスを抱いている。

 ロドニーが〝哀れ〟である最大の理由は、〝寸止め〟という行動パターンに起因している。貧困にも、妻にも、そして自らを神の如く崇めている弟ゲイリーに対しても距離を置いて接している。はみ出さないことを課し、自制的に生きているのだ。もう一人の主人公ジェイソンは、ロドニーと対照的だ。海洋生物学者として名を世界に轟かせているジェイソンは、衝動的な言動で頻繁に道を踏み外すが、〝フルコンタクト〟の生き方で人生を謳歌し、他者との絆を深めている。

 ルックス、知性、感性に恵まれ、奔放に生きるジェイソンとロドニーの決定的な差はフェロモンだ。本作は、ジェイソンの勃起したペニス画像がキャンパスに貼り出されるシーンで始まる。恋人のみに送信したつもりが、ボタンを押し間違え、アドレス帳に掲載された全員の目に晒されることになる。

 「格差と貧困を是正するために何が必要か」と問われれば、俺のレベルでも<反グローバリズム>、<地場産業育成>、<分散型資本(社会)主義>、<セーフティーネットの充実>を挙げる。ところが、仕組みを変えるという発想と無縁のロドニーは、解決を自己責任に見いだす。国際会議でロドニーがプランを提示した際、<二人のフランス人が失笑していた>というくだりがあった。二人とは著者のヴォワチュリエ、そしてピケティかもしれない。

 若い世代の無秩序ぶりの描き方も興味深く、フランス人らしいユーモアと風刺も効いていた。タイトルから連想する堅苦しい経済小説ではない。他者、あるいは環境や自然との接し方に根差した恋愛小説は、ラストでメルヘンへと飛翔する。俺が本作から得た教訓は。<寸止めで生きていては何も得られない>……。映画化を期待している。
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