酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「在日ヲロシヤ人の悲劇」~星野智幸による21世紀の黙示録

2017-02-13 23:20:44 | 読書
 第10回朝日杯将棋オープン決勝は、22歳の八代弥六段(優勝後に昇段)が佐藤慈明七段(NHK杯)との息詰まる熱戦を制した。山崎隆之八段のユーモア溢れる解説に、佐藤康光九段(連盟新会長)ら豪華ゲストが加わる。聞き手を務めた可憐な山口恵梨子女流二段との呼吸もピタリだった。

 並み居る強豪を次々に倒した八代へのご褒美は、何と1000万円! またもや新星誕生である。今回もそうだったが、後手番の勝率が高いというから、常識にかからないタイプなのだろう。テレビ画面の上部に表示されたポナンザ(最強ソフト)の局面評価の正確さに感嘆させられた。

 フランス革命以降、世界が育んできた調和、協調、平等といった理念を軽んじるムードは、トランプ登場以前どころか、世紀の変わる頃、既に醸成されていた。変化の兆しをいちはやく嗅ぎ取り、小説で表現してきたのが星野智幸である。先日、「スクエア~星野智幸コレクションⅠ」(人文書院)に収録されている「在日ヲロシヤ人の悲劇」(05年)を読了した。

 星野は多様性の尊重とアイデンティティーの浸潤を志向している。リアルタイムで<1999年を日本の右傾化元年>と位置付け、憲法の精神を捻じ曲げてイラク派兵を強行した小泉元首相を痛烈に批判し、個人の公への屈服を是とする風潮に、<徴兵制を幻視させる>と述べていた。「ロンリー・ハーツ・キラー」(04年)に安倍首相を連想させる人物が登場するなど、10年後を穿つ慧眼に驚くしかない。

 「在日ヲロシヤ人の悲劇」は崩壊した市原家と、閉塞した日本社会を合わせ鏡にして描いている。百貨店に勤める父の憲三、離婚後に自殺した母貴子。ハンスト中に不審な死を遂げた好美、そして独りで街宣する右翼の純……。家族それぞれのモノローグで構成されている。時空は錯綜し、循環する。ラストで冒頭の嵐の日に繋がった。

 憲三は50歳前後という設定だから、俺と年齢が近い。近親憎悪を覚えるほど、世代の欠点を体現している。リベラルっぽく振る舞うが定見はない。10代の頃から道を外してきた好美に依存し、〝理解ある父親〟の立場を守り続ける。好美にセックスへの忌避感を知らされ、煮え切らない態度で浮気相手を傷つける。

 日本はアナメリカ(=アメリカ)に隷従し、ヲロシヤ(=ロシア)への軍事行動に加わっているという、現在の<トランプ=安倍>と変わらぬ設定だ。ヲロシヤにはプーチンのような独裁者がいて圧政を敷き、イスラム教徒を弾圧する。在日ヲロシヤ人の登場を心待ちにしつつページを繰ったが、登場しない。それらしいのは好美の同志で「ヺロシヤン・コネクション」を主導するイワンだが、彼は在アナメリカのヲロシアンである。<在日ヲロシヤ人>とは絆を喪失した市原家のメタファーかと考えてしまった。

 好美の遺志を継いでデモに参加した憲三が、「戦争反対、平和も反対」とシュプレヒコールする場面が興味深かった。何かにつけて目を覆いたくなる――まさに俺自身を見ているように――憲三だが、一昨年夏、国会前で叫ばれていた言葉より親近感を覚えた。

 好美はラディカル、純は右翼と真逆に見えるが、両者には〝痛み〟という共通点があった。純はアナメリカへの隷属を当然と受け止める多数派右翼にリンチされることがあり、ネットやメディアに<ヲロシアンと寝た牝犬>と罵倒される好美を気遣っていた。

 テントで好美に何が起きたのか。ハンスト中の急死は<緩やかな自殺>と言えないこともない。同志、友人、純がテントに持参した飲料の名は「アポカリプス=黙示」だ。黙示とは、<暗黙のうちに意思や考えを示すこと、神が人意を超えた真理を示すこと>と辞書にある。「夜は終わらない」(14年)を神話の領域に到達したと評した。預言の書ともいえる「在日オロシヤ人の悲劇」は、21世紀の黙示録かもしれない。

 俺の人生は文学に衝き動かされてきた。星野、そして池澤夏樹らの小説を読んで、俺がどのように変わったかを次稿に記したい。

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