酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「マミー」~煌めく才能による濃密なサンクチュアリ

2015-05-13 23:51:43 | 映画、ドラマ
 アパルトヘイトについての発言で物議を醸した曽野綾子氏が「年収120万円は貧しいといえない。貧困層とは水や電気を使えない人」(論旨)とのたまい、世間をまたも呆れさせた。残念なことに閣僚や与党中枢には、曽野氏と変わらぬ〝非庶民感覚〟の持ち主がゴロゴロいる。

 労働者派遣法改正案が審議入りした。政府答弁はまやかしで、派遣労働者の声は怨嗟に満ちている。山本太郎参院議員は先月、緑の党の区議選候補の応援に駆け付け、「正社員の平均年収は520万円で、非正規労働者は3分の1。とりわけ若者は厳しい状況に置かれている」と訴えた。

 若者の怒りを吸収する〝自由〟な枠組みを作ることが喫緊の課題だ。現在の不穏な流れを見ていると、一歩踏み出すことの意味を痛感する。山本議員や三宅洋平氏、リベラル&ラディカルの市民団体を、接着剤、緩衝材として繋ぐことが緑の党の役割といえる。

 若者たちが関心を失くしているのは政治だけではない。タワレコや紀伊國屋書店、映画館でもシニア層の姿が目立っている。この映画には若者が大挙詰め掛けているに違いない……、そんな期待と予感とともに先週末、ヒューマントラストシネマ有楽町に足を運んだ。

 グザヴィエ・ドラン監督はカナダの若き天才(25歳)で、超イケメンであることも相俟り、映画の救世主と目されている。欧米だけでなく韓国でも多くのファンを動員した新作「マミー」(14年)は、才気迸る刺激的な作品だった。だが、客席は4割弱の入り……。日本だけが〝事件の埒外〟に位置しているようで、寂しい気分になった。

 オープニングで以下のテロップが流れる。<とある世界のカナダで2015年に新政権が成立し、S18法案が施行される。発達障害児を抱える親が経済的困窮、身体的かつ精神的な危機に陥ったケースでは、養育を放棄し、施設に入院させる権利を保障する>……。

 ポリティカルフィクション風の出だしだが、ダイアン・デュプレ(アンヌ・ドルヴァル)とスティーヴ(アントワン=オリヴィエ・ビロン)は法案にピンポイントで該当する母子だ。夫を亡くして数年経ち、再出発を図るダイアンは、注意欠如多動性障害(ADHD)を抱えるスティーヴを施設から引き取った。

 ネットで検索すると、発達障害、ADHDを克服した起業家、科学者、俳優ら著名人の名が数多くヒットする。マグマをプラスに転化できれば畏るべき才能を発揮するケースがあるという。スティーヴも内なる音楽的才能に気付いてはいるが、問題行動を繰り返す日々だ。

 ドランがケベック州生まれということもあり、主要言語はフランス語だ。ドランをジャン・コクトーに重ねているのか、カンヌ映画祭では熱狂的に迎えられている。ご覧になった方は正方形の画面に衝撃を受けるはずだ。視界を凝縮し、見る側の求心力と緊張感を保つ狙いを感じた。設定とテンポ、そして技法……。ドランは斬新なクリエーターといえるだろう。

 妖艶でフェロモンが零れ落ちるダイアン、アンファン・テリブル(コクトーの小説のタイトル)そのもののスティーヴが醸し出す濃密な空気を中和させるのが、隣家のカイラ(スザンヌ・クレマン)だ。高校教師だったカイラは心に傷を負い、失語症になっている。カイラはスティーヴの家庭教師になり、母子と緩やかな弧をつくった。「マミー」ならぬ「マミーズ」状態に、スティーヴは回復に向かい、夢の実現に思いを馳せる。

 スティーヴの過失と弁護士の介入で、舞台は暗転し、円は嫉妬で尖った四角形になる。<愛と希望、いずれを選ぶのか>がHPなどの〝公式見解〟だが、へそ曲がりの俺は穿った見方をしている。母子の微妙なキスは本作の肝だが、遮る手がなければ歯止めは利かない。禁忌を恐れたことも、ダイアンが選択に至った理由ではなかったか。

 「6才のボクが、大人になるまで。」、「きっと、星のせいじゃない。」、そして本作に共通するのが音楽の効果的な使い方だ。印象的だったのはオアシスの「ワンダーウォール」とともに長方形に画面が広がり、スティーヴがスケボーに興じるシーンだ。ちなみに歌詞を意訳すれば、「ワンダーウォール」は〝思いを寄せる女性〟になる。

 アラカンの俺はアンテナが錆びついているから、煌めきを正しく受け止められない。〝ドランって何者? どこまで進化するつもり?〟が偽らざる感想だ。オンエアをチェックし、旧作に触れることにする。
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