酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

羽生と志の輔~未踏の荒野を歩む匠たち

2015-05-20 23:51:54 | カルチャー
 沖縄での反辺野古移設集会、オスプレイ墜落事故、川崎の簡易宿泊所火災、伊方原発の新規制基準合格……。ブログのテーマになりそうな出来事が相次いたが、何を書いても言葉は芯を失くし、フワフワ浮いてしまうだろう。自身の拠点に錨を下ろして行動することが、意志ある人たちと繋がる第一歩になる。

 大阪都構想について真剣に考えたことはなかった。「間違っていたんでしょうね」と薄ら笑いを浮かべ、「敵を作る政治家は使い捨て」と自己分析してみせた橋下市長の会見に、「やられた」と独りごつ。知事選出馬の経緯、原発を巡る迷走からも明らかだが、橋下氏は狼少年だ。いったん身を引いて負のイメージを消した後の再起動――来夏の参院選立候補、安倍内閣への入閣など――が一部メディアで囁かれている。

 橋下市長、石原元都知事、そして安倍首相……。ここ10年の保守三羽烏の共通点は日本の伝統への冷淡さだ。橋下氏は伝統芸能への助成金をカットし、石原氏は江戸期の文化遺産を顧みなかった。安倍〝日本州知事〟はTPP、辺野古移設、原発再稼働によって日本の環境や風土破壊を試み、格差を宗主国並みに拡大させている。日本的情緒や感性にどっぷり漬かっているアラカン男は、この国における保守派の本籍を訝っている。

 桜、蛍、花火、紅葉が脳内カレンダーにインプットされているが、文化でいえば将棋と落語だ。今回は先日オンエアされた2番組、「ETV特集 激突!東西の天才」(NHK、再放送)と「志の輔らくご in PARCO 2015」(WOWOW)について記したい。前者は羽生善治名人とチェスの元世界王者カスパロフの対局と対談、後者は立川志の輔のPARCO正月公演を収めている。

 将棋界と落語界には似ている部分がある。ともに、自らを伝統という鋳型に填め込むことがキャリアのスタートになる点だ。トップ棋士は定跡や過去の対局をベースに、斬新な戦術を編み出している。左脳的な情報整理と右脳的な閃きを併せ持つ羽生は、脳科学の貴重な研究対象であり、対談した詩人や哲学者を瞠目させてきた。

 カスパロフは番組の最後で「未来を切り開くには努力しかない」と強調し、羽生も同意していた。才能の絶対値がものをいう世界で君臨する2人を支えたのは不断の努力だったのか。その点は落語でも変わらない。

 生では見たことがない志の輔だが、PARCO公演はここ数年、WOWOWで楽しんでいる。落語界の天才といえば、誰しもが志の輔の師匠である談志を挙げる。古典でも定評のある志の輔だが、新作に軸を移した。その高座に感じるのは、カスパロフのいう<努力>である。志の輔とはまさに、努力する天才なのだろう。

 談志は数々の古典をたちまち記憶し、独自の味付けでファンを魅了した。同じ路線なら師匠超えは難しいと志の輔は直感したのではないか。だから新作を目指したというのは、底の浅い見方だと思う。三遊亭白鳥の新作はパワフルで破天荒だが、〝逸脱〟と見做す人もいる。だが、志の輔の新作は将棋界の俊英たちのように伝統(=定跡)に則っているのを感じる。

 カスパロフと羽生は人工知能と人間を、対立項ではなく伴走者として捉えていた。幸いなことに、人工知能が落語家の脅威になることはないだろう。名人たちの間、自虐的なユーモア、豊かな表情を人工知能が凌駕するのは不可能に思える。

 オンエアされた噺は、スマホに縛られた現代人をテーマにした「スマチュウ」、志の輔の故郷である富山の薬売りを取り上げた「先用後利」の2席だった。北陸新幹線開通の際には志の輔もPRに一役買ったようで、その映像も挿入されていた。藩と商人が協力して構築した売薬システムをテーマに、人情噺に仕上げる志の輔の力量に感嘆した。

 升田幸三元名人は<新手一生>を掲げ、81枡に創造の痕を刻んだが、世紀をまたいで状況も一変した。新手に専売特許はなく、盤面に現れるや研究会などで丸裸にされ、<新手一勝>になっている。最先端の戦法をトップ棋士が採用し、厚みを加えていくが、この辺りは落語も同様だ。東西の名人が長いスパンで工夫を凝らし、噺の幅と重みが増していく。

 志の輔が目指すのは年ごとの<新手一生>だ。まさに茨の道といえるだろう、20代ピークが定説の将棋界で、44歳にして4冠を保持する羽生名人、61歳にして開拓精神を失わぬ志の輔……。未踏の荒野を歩む2人の匠を見守っていきたい。
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