酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

落語とインド映画に親しむ週末

2014-09-15 20:43:09 | カルチャー
 山口淑子さんが亡くなった。別稿(8月31日)で幻の映画「私の鴬」について記したが、同作で主演したのが李香蘭時代の山口さんである。李香蘭の名は満州から日本、中華民国へと広がり、歌手としても人気を博した。〝満州の実効支配者〟甘粕正彦(満映理事長)は、明らかな反日映画を李香蘭主演で製作している。

 友人の川島芳子は戦後、漢奸容疑で処刑された。帰国していた山口さんは訃報に触れ絶叫したという。李香蘭と川島の史実を現代に置き換えた小説「ジャスミン」は、虚実の皮膜で空中楼閣を築き上げる辻原登の力業だ。自民党参院議員という経歴から保守派のイメージを抱いていたが、自身の来し方を踏まえ、日中友好に尽力し、重信房子さんを支援した。波瀾万丈に生きた山口さんの冥福を祈りたい。

 今日は敬老の日だった。57歳の俺は日々、老いを実感している。血糖値は高く便秘気味、肩と膝に痛みを覚え、たっぷり寝ても疲れが取れない。物忘れが激しく、反応がワンテンポずれてしまう。俺のような怠け者に文句を言う資格はないが、40年働き続けても羽を休めない社会の構造は、根本的に間違っている。

 電車に乗った時など、空いている席にまっしぐらだ。遠足や部活帰りの生徒たちが占領しているとイライラしてくるが、以下のように心で呟き、怒りを鎮める。<君たちの殆どは低賃金で年金もなく、死ぬまで奴隷のように働くことになる。戦争で死ぬかもな。体内被曝は大丈夫?>と……。俺たちの世代の無為が彼らに苦しみをもたらすのだから、俺など〝敬若精神〟を発揮し、少年たちに席を譲るべきかもしれない。

 前置きは長くなったが、週末は銀座で落語と映画を楽しんだ。午後は「よってたかって秋らくご'Night&Day」(よみうりホール)の昼の部で、演目は三遊亭兼好「看板のピン」、柳家喬太郎「紙入れ」、春風亭百栄「お血脈」、三遊亭白鳥「牡丹の径」と続いた。匠の技に心を癒やされ、時が経つのを忘れる。

 前座の後に登場した兼好が「安心して聴けるのはここまでですよ」と笑いを取っていた。後半に控えているのは異能派たちである。43歳の兼好は山本昌(49歳、中日)を例に挙げ、球界と落語界の年齢層の違いを話していた。球界で40代といえば引退間際の大ベテランだが、落語界では50代も若手の範疇に含まれる。喬太郎は50歳、百栄は52歳、白鳥は51歳……。〝若手〟たちが鎬を削った落語会だった。

 落語家は楽屋で前の高座をチェックし、噺に取り込む。喬太郎も白鳥も、兼好の「ピン」のアクセントを変え、くすぐりに使っていた。オーソドックスな兼好、表情豊かな喬太郎、脱力感が魅力の百栄、破天荒な白鳥……。彼らが〝老世代〟になった時、どれほどの高みに達しているか楽しみだ。落語初級者の俺だが、聴き手としてのレベルを中級ぐらいに上げていきたい。

 夕方はシネスイッチ銀座でインド映画「マダム・イン・ニューヨーク」(12年、ガウリ・シンデー監督)を見た。ほのぼのしたエンターテインメントで、しっとり感に浸った方も多いだろう。

 男尊女卑が根強いインドの勝ち組家庭で、シャシ(シュリデヴィ)はコンプレックスに苛まれていた。一流企業に勤める夫、エリート校に通う娘にとって〝公用語〟になっている英語を、シャシは全く話せない。肩身の狭い思いをしているシャシに試練が訪れる。姪の結婚式の準備のため数週間、ニューヨークの姉の家に滞在することになる。

 シャシは「4週間で話せるようになる」という謳い文句につられ、英会話スクールに通い始めた。そこで出会った様々な人たち――ゲイの教師、アフリカ系の無口な青年、居眠り癖のあるヒスパニックの熟女etc――と交流したシャシは自分を解き放っていく。ハンサムなフランス青年との〝恋未満〟が、物語の回転軸になっていた。

 緊張が途切れなかった(=眠らなかった)理由は、シュリデヴィの年齢を超越した美貌にあった。撮影時は49歳だった彼女は、しなやかさ、メランコリー、恥じらい、芯の強さを巧みに表現する。インド映画らしくダンスも披露していた。子役、アイドルを経て<ボリウッドで最も美しく活躍した女優>と評価されるシュリデヴィは、李香蘭と別の意味でアジア映画史に名を刻むディーバだ。

 香港、台湾、韓国とブームは巡り、今やインド映画の時代という。「韓流スターの人気後退とともに、韓国映画は衰退しつつある」と政治を背景に語り、「次はインド」と煽る映画評論家もいる。きっと賄賂でも貰っているのだろう。俺は今年、韓国映画を3本見た。「怪しい彼女」、「新しい世界」、「7番房の奇跡」はいずれもエンターテインメントだが、奥の深さで「マダム――」を凌駕している。「母なる証明」、「息もできない」、「嘆きのピエタ」など、<シェイクスピア悲劇に比すべき>と世界で評された韓国映画は多い。

 むろん、「マダム――」をけなすつもりはない。インドの矛盾や暗部とは異次元の夢物語を楽しめばいいのだ。YAHOO!の観客レビューの高さ(4・38)が示すように、見た方の満足度は極めて高い。ひねくれ者の俺の評価など無視してほしい。
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