酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「シャーロック2」~恋も操る21世紀型名探偵

2012-08-22 23:43:41 | 映画、ドラマ
 先日(16日)、俺は仕事先の夕刊紙で週末特別版の校閲を担当した。女性ジャーナリストのインタビューをチェックしつつ、紛争地帯に赴く勇気に感銘を受ける。けさ、シリアから訃報が届いた。彼女、すなわち山本美香さんが帰らぬ人になる。山本さんは「人の生きざまは取材していて一番面白い」と語っていた。山本さんの生きざま、そして死にざまは敬意をもって語り継がれる。気骨あるジャーナリストの死を心から悼みたい。

 山本さんは曖昧な中立性を捨て、立ち位置を明確にすることで真実に迫った。今回はセンサー化した脳細胞で真実を暴く男を紹介する。21世紀に甦ったシャーロック・ホームズだ。ロンドン五輪直前、NHKBSプレミアムで放映された「シャーロック2」(BBC制作)を録画でまとめて見た。惚けた俺は、画面に印字されたホームズの瞬時の分析を目で追うのが精いっぱいだった。

 第1話「ベルグレービアの醜聞」、第2話「バスカヴィルの犬」、第3話「ライヘンバッハ・ヒーロー」は、それぞれ「ボヘミアの醜聞」、「バスカヴィル家の犬」、「最後の事件」をベースにしている。ベネディクト・カンバーバッチは他のホームズ役者同様、吸血鬼や悪魔が似合いそうな容貌をしている。

 「シャーロック・ホームズの冒険」(グラナダテレビ制作)と比べ、キャラクターは現代風にアレンジされている。原作では阿片窟に入り浸ったホームズだが、21世紀では煙草を隠れて吸う程度。変装術や武道の腕前も殆ど発揮されていない。下層社会との繋がりは、ホームレスの協力を仰ぐという設定で継承されている。

 今回のホームズ像が他と一線を画すのが<嫌な野郎キャラ>で、傍若無人、天衣無縫といったレベルをはるかに超えている。「僕は天才、君は凡人」とワトソンに対して常に〝上から目線〟だし、誰彼構わず秘めたる傷を暴き出し、恥をかかせる。ハドソン夫人の老いらくの恋にも容赦しない。他者への敬意や思いやりを欠く言動の数々が、第3話で自らを窮地に追いやった。

 当事者(ホームズとワトソン)以外、誰もが2人を〝恋人〟と見做している。英諜報機関トップの兄マイクロフトでさえ、弟に女性体験があるのか疑っている。千里眼のホームズに誤解の上に成立する恋は難しそうだが、第1話「ベルグレービアの醜聞」は意外なほどロマンチックな結末を迎える。ヒロインのアイリーン・アドラーは、原作で唯一、ホームズの心を揺らした女性だった。携帯をツールに、ホームズはアイリーンと<恋のゲーム>に興じる。

 第2話「バスカヴィルの犬」は生化学兵器を巡る軍の機密、遺伝子組み換え、マインドコントロールを背景に、ストーリーは進行する。「頭の中に架空の地図を作り、その中に記憶を落とし込む。地図を辿れる限り、理論上、何かを忘れることはない」……。ワトソンはホームズが真実に迫る道筋をこう説明する。その場所こそホームズにとって<精神の宮殿>なのだ。縦軸と横軸が無限に広がり、四次元に浮遊する地図を彷徨うホームズは、過去の忌まわしいプロジェクトに行き着いた……。

 第3話「ライヘンバッハ・ヒーロー」では宿敵との息詰まる接近戦が描かれる。モリアーティはホームズと対をなすオタク青年、天才ハッカー、そして<ネット上の悪意の結晶軸>だ。情報を掌握して世界を支配しようとするが、シニカルで厭世的なモリアーティは世界が空虚な伽藍であることを承知している。

 断崖絶壁に追い詰められたホームズは、第1話で習得した恋の駆け引きで死線からの脱出を図る。相手はホームズに思いを寄せる法医学者モリーで、いつもこき下ろされては涙ぐむ純情な女性だ。事の成否は、衝撃的なラストで明らかになる。

 映画「シャーロック・ホームズ」(09年)、「シャドウゲーム」(11年)も合格点はつけられるか、面白さでは「シャーロック1・2」に遠く及ばない。過去をアレンジするのではなく、ホームズの精神と方法論を21世紀に置き換えた制作サイドの慧眼に拍手を送りたい。より刺激的になった「シーズン3」(来年クランクイン)を心待ちにしている。


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