酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「新・人間の戦場」~無為の罪を穿つ写真の力

2012-08-08 23:20:09 | 読書
 広島と長崎の原爆忌、そして敗戦の日……。死者を悼み、戦争の加害と被害に思いを馳せる時が今年も訪れた。敬虔な気持ちを嘲笑うかのように、妖怪たちが永田町を徘徊している。事の発端は<総選挙で自民圧勝>の調査結果だ。

 国民の投票行動が予測通りとしたら、原発推進、ばらまきの公共事業、対米隷属、格差拡大、霞が関主導が再び闊歩することになる。悪夢を葬るには、脱原発(反増税も)を掲げる各党や市民団体が小異を克服して選挙を闘うことだ。

 さて、本題に。小出裕章氏や広瀬隆氏とともに長年にわたって反原発を訴え続けてきたのが、フォトジャーナリストの広河隆一氏だ。今回は同氏のキャリアをまとめた「新・人間の戦場」(デイズジャパン刊)を紹介する。

 <私はこの本で、人間の生存と尊厳が脅かされているその場所を「人間の戦場」と呼ぶ>と冒頭に記された写真集は、7つの章で構成されている。広河氏がキャリアをスタートさせたパレスチナから、イラク、アフリカ、アフガニスタン、チェルノブイリへと続く。審美眼に欠けるから、アートとして作品を批評することは出来ないが、ページを繰るごとに、主観と客観が対になって感光されたモノクロームに引き込まれていく。写真が穿つのは俺自身の<無為の罪>だ。

 全編を通し、女性と子供が題材になっているが、その表情には哀しみだけでなく、信念と意志が宿っている。最も多くの写真が掲載されている第1章で、パレスチナの厳しい状況が切り取られている。イスラエルはジェノサイドの記憶を反転させ、パレスチナに対してナチスの如く振る舞っている。だが、広河氏は<同情すべき被害者>としてパレスチナ人を捉えていない。最も印象的な一枚は、イスラエル兵にVサインを示して抗議する女性の姿で、表紙に採用されている。

 イラクとアフガニスタンの章では、米国とタリバンの虚妄の正義に蹂躙される人々の痛みが映されている。アフリカの章では、<無為の罪>を突き付けられた。今より純粋でシャープだった頃、笑いながら、食べ物を頬張りながら、他者を殺していることに薄々気付いていたが、齢を重ねるごとに鈍感になっていく。

 映画「ダーウィンの悪夢」(04年)が抉ったように、先進国はグローバリズムの名の下、アフリカの地場産業と環境を破壊した。内乱の拡大で儲けているのは、武器を大量に売る常任理事国である。広河氏は絶望的な仕組みを直視してシャッターを押している。

 本作の肝というべきは第五章「チェルノブイリ」だ。廃墟を収める写真に、広河氏の畏怖の念が滲んでいる。裏表紙に用いられた写真は、宗教画のような荘厳さと神聖さを帯びていた。原発事故から10年後、甲状腺がんを発症した14歳の少女がベッドで母を見つめている。彼女は2カ月後に亡くなった。

 チェルノブイリでの写真はレクイエムではなく、福島、そして日本への警鐘であることが、第6章<津波>、第7章<福島>で明らかになる。3・11直後、いちはやく被災地に足を運んだ広河氏は、マスメディアが報道しなかった真実を追い続けた。命ある限り福島に足を運び、そこで起きていることを記録にとどめていくだろう。

 広河氏はデイズジャパン編集長として、「検証原発事故報道」発刊に取り組んだ。官邸、東電、メディアが3月11日から1週間、いかなる情報を発信したかをつぶさに記録した同作について、広河氏は<いずれ厳しい裁判闘争が起きるでしょう。この本をその時の資料として使ってほしい>と講演会で語っていた。誰よりもチェルノブイリ事故について知る同氏は、日本で起きることを冷徹に見据えている。声高に叫ぶのではなく、噛みしめるように言葉を吐き出すからこそ説得力が増すのだ。

 広河氏について、「この人、誰かと似ている」と常々感じていた。ようやく見つけた答えは「辺見庸」である。広河氏は1943年、辺見氏は44年生まれと同世代だ。雰囲気、オーラが近いのは、極限状況で対象と接する体験を共有しているからだろう。<無為の罪>を消化し、作品の形で昇華することで世界と対峙している。二人に感じるのは<地獄を知る者ゆえのオプティミズム>だ。

 次稿では広河氏の先輩というべき反骨の写真家について記す予定だ。その名は福島菊次郎……。その人生を追った「ニッポンの嘘~報道写真家 福島菊次郎90歳~」が上映中だ。
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