酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「重力ピエロ」が問いかける<善悪の彼我>と<罪と罰>

2009-07-11 05:41:21 | 映画、ドラマ
 吉田拓郎が体調不良で4公演をキャンセルした。洋楽ロックに純化した80年以降は距離を置くようになったが、俺がカラオケで人並みに歌えるのは拓郎以外、甲斐バンドぐらいのもの。今回のリタイアは残念だが、静養に努めて復帰し、中高年の魂に火を灯してほしい。
 
 仕事帰りに有楽町で、ベストセラー小説(伊坂幸太郎著)の映画版「重力ピエロ」(08年、森淳一)を見た。1週間以上たったので細部の記憶は薄れたが、そのぶん輪郭がくっきり浮き上がってきた。

 良質のミステリーは<善悪の彼我>と<罪と罰>を私たちに突きつける。「重力ピエロ」は「容疑者Xの献身」で湯川(福山雅治)を苦悶させた二つの命題から逃げることなく、軽やかにクリアしていた。刑事(警察)が主役ではないからこそ可能だったと思う。

 「春が、2階から落ちてきた」……。オープニングとラストの台詞はともに、主人公である泉水(加瀬亮)のモノローグだ。本作は現在を基点に、30年の時を行き来する奥野家の物語だ。欠片になった時間が再構成されていくが、スタッフの力量の賜物か、違和感は一切覚えなかった。

 アンバランスとしか言いようのない父(小日向文世)と母(鈴木京香)との出会い、結婚、泉水の誕生……。ささやかな幸せは暗転し、春(岡田将生)が生まれた後、家族は重力に支配されるようになる。周囲の偏見や母の事故死に耐えながら、「俺たちは最強の家族だ」と繰り返す父の言葉は、異質に見える兄弟を同じ行動へと導いていく。

 仙台市内で放火事件が連続して起きる。大学院生の兄と自称〝落書き消し〟の弟は、現場近くに残された抽象画とメッセージの謎に迫っていく。角度や高度を変えて眺めていくうち、泉水はナスカの地上絵を目の当たりにしたような衝撃を覚える。科学に裏打ちされた意図に気付いたからだ。

 <人間の行動を決めるのはDNAか環境か>……。本作のキーワードは泉水が通う大学の教室のシーンで提示される。見る者は片方に傾斜していくが、ラストで〝正解〟が提示される。

 潔癖さ、天才的資質、常軌を逸する振る舞い……。春の個性を説明なく納得させてしまう岡田のルックスが、本作を秀作から傑作に引き上げた。「太陽がいっぱい」のアラン・ドロンと比べるのは褒めすぎとしても、岡田もまた悪魔的青年を演じられる俳優の一人だと思う。

 本作を底支えしていたのは、20代から50代までを巧みに演じ分けた小日向の実力だ。狂言回しの役割を担う春のストーカー、ナツコ(吉高由里子)は全身に整形を施したという設定で、ロボットのような動作と台詞が笑いを誘った。

 タイトルの意味はラスト近くのサーカスのシーン(回想)で明かされる。ピエロがブランコから落ちるのではと不安を隠せない幼い兄弟を母が包み込み、「私たち、そのうち宇宙に浮かぶかもね」と勇気付ける。

 冒頭で<善悪の彼我>、<罪と罰>と大上段に構えたが、本作には家族の癒やしと絆も十分に描かれている。最近の邦画のレベルアップを実感できる作品だった。




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