酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「21世紀の歴史」~画期的名著が一転……

2009-04-08 00:06:26 | 読書
 ベネズエラのチャベス大統領が投資を求めて来日し、WBCネタで麻生首相の笑いを誘っていた。<チャベスは石油利潤のばらまきで貧困層の支持を得ている>と、アメリカスタンダードに則るメディアは批判的に報じていたが、石油メジャーに収奪されるはずの富を自国民に還元して何が悪いのだろう。

 今回はジャック・アタリの「21世紀の歴史」(作品社)を溯上に載せる。ミッテラン大統領のブレーンとして補佐官、欧州復興開発銀行総裁を歴任したアタリは、哲学、歴史、芸術全般に造詣が深い知の巨人である。本国で06年に刊行された本書に感銘を受けたサルコジ大統領は、「アタリ政策委員会」を設置してフランスの長期展望を託した。

 アタリは本書を準備する過程で、「文明の衝突」(93年、ハンティントン)を意識したに違いない。<西洋文明は長期的に衰退する>と説くハンティントンと対照的に、アタリは<21世紀も西洋的価値観が支配する>と展望している。

 本書は以下の四つのパートに分けられる。
<A>…人類発祥から現在までを独自の視点で分析し、併せて2025年までの近未来を予測する
<B>…21世紀末中に起こりうる変化を、科学の進歩を前提に予測する
<C>…21世紀末までの人類の精神史を提示する
<D>…フランスが進むべき道を提言する

 感銘を受けたのは<A>の部分で、示唆に富む記述にページを繰る指が止まらなかった。中でも興味深かったのが東洋と西洋の対比だった。アタリによると、東洋思想は欲望から自由になり、世界を幻想と考え輪廻転生を志向する。一方の西洋は、幸福を実現する場と世界をとらえ、魂の救済を志向する。アタリが支持するのはもちろん後者だ。

 アタリは民主主義と資本主義を軸に人類史を俯瞰する。進歩を推進する<中心都市>成立の必要条件として、農業後背地の存在、整備された港、外国人の受け入れ、市場の管理を挙げる。<中心都市>は過剰と傲慢の産物であり、求められるのは創造力ではなくコピー能力(大量生産)だ。アタリによる<中心都市>の変遷は以下の通りだ。

 ①ブリュージュ⇒②ベネチア⇒③アントワープ⇒④ジェノヴァ⇒⑤アムステルダム⇒⑥ロンドン⇒⑦ボストン⇒⑧ニューヨーク⇒⑨ロサンゼルス(現在)……。

 アタリはアメリカの凋落を2025~30年と想定した。理由の一つに挙げたのが勤労者世帯の貯蓄率で、1980年前後の10%から06年には0・2%と大幅にダウンしている。ローンとカードに依存した過剰消費と住宅の資産価値を基盤にしたアメリカの金融信用構造は、発刊後2年で崩壊の危機に瀕した。

 想定外の事態で、本書は画期的名著の座からいったん下り、著者自身のアキレス腱をさらすことになる。アタリは反ケインズ論者で、<活力と将来性に満ちあふれた資本主義がより支配的となるのは当然だ。資本主義の終焉を告げる者は、またしても骨折り損をするだろう>と記していた。現在の状況をアタリはどう見ているのだろう。

 アタリは進歩をもたらす継続連合体の企業を<サーカス型>とカテゴライズした。不幸にしてアタリが最も推奨したのは、AIGとシティー・グループである。アタリは反グローバリズムにも冷ややかで、ロスに続く10番目の<中心都市>候補にエルサレムを挙げている。ピエ・ノワール(ユダヤ系アルジェリア人)としてのえこひいきだとしても、イスラエルの狂気を危惧する者には甚だしい見当違いと映るはずだ。

 <A>の素晴らしさから一転、<B>の空虚さは否定できないが、世界トップクラスの知性でさえ近未来を透視することは不可能なのだろう。予測に関して現状では「文明の衝突」に軍配を上げたくなるが、1年後に世界がどうなっているかさえわからない。勝負付けが済んだと考えるのは早計だろう。

 <C>の人類の未来の精神史については<A>同様、強い共感を覚えた。トーマス・モアの「ユートピア」、カール・マルクスの「資本論」の方法論を評価し、先見性と愛他主義を体現するトランスヒューマンと調和重視企業が<超民主主義>を確立し、人類を破滅から救うと希望を込めて記している。

 アタリは母国フランスだけでなく、日本にも厳しい目を向けていた。いずれ本書を基に、日本の来し方と未来について記すことにする。



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