ブラジルと聞いて連想するのはサッカー、サンバ、カーニバルだ。創造性、開放的といったプラスイメージだけではなく、Bricsの一翼を担い、さらなる経済成長が約束されている……と書くとまるでパラダイスだが、スクリーンの中のブラジルは出口のない迷路だ。貧困と格差を背景にした矛盾と暴力は、「セントラル・ステーション」(98年)、「シティ・オブ・ゴッド」(02年)、「カランジル」(03年)などで生々しく描かれている。
WOWOWで放映されたドキュメンタリー「バス174」(02年)も同様だ。00年にリオデジャネイロで起きたバスジャック事件の本質を、実写フィルムと証言を織り交ぜてあぶり出していく。拳銃を手にバスに立てこもったサンドロはメディアを十分意識して振る舞い、事件を伝えるテレビにブラジル中が釘付けになった。
サンドロの人生は苦難の連続だった。幼い頃、目の前で母親を刺殺され、ストリートチルドレンになる。映像でのサンドロは狂気と衝動を抑制できない若者だが、関係者の証言で別の素顔が浮かび上がる。サンドロはコカインやシンナーに溺れたが、他者を傷つけることはなかったという。バスでは内向けと外向けの会話が同時進行し、恐怖を演じた人質女性たちは、サンドロに殺意がないことを感じ取っていた。
抉り出した問題点は三つある。第一は警察の暴力的体質だ。サンドロは「俺はカンデラリアにいた」とテレビカメラに向かって叫んでいた。93年、カンデラリア教会前で警官が発砲し、7人のストリートチルドレンが虐殺された。難を逃れた62人のうち、00年までに39人が殺されたとソーシャルワーカーが証言している。サンドロは生き残りの一人だった。
第二は市民の冷たさだ。カンデラリア虐殺事件に対し、世論は警察に好意的だった。ストリートチルドレンは不可視の存在で、「犯罪に走る社会のゴミを排除して何が悪い」という声が多数を占めたのである。第三は更生施設や刑務所の悲惨な状況だ。収容された者は生き地獄で、憎しみと暴力への志向が育んでいく。
サンドロは交渉のため、人質の一人と車外に出た。テレビカメラは警察の失態と悲劇的な結末を伝えている。ヒューマニズムの極北を穿った作品だったが、救いはあった。バスを出る直前、会話の中でサンドロが崩れるのを感じたと人質女性が証言している。彼女にすれば身を守るための演技だったかもしれないが、サンドロは幼い頃に殺された母の優しさを思い出したのかもしれない。
見終わった後、日本とブラジル、自分とサンドロを繋ぐ回路を探っていた。答えは次稿に記すことにする。
WOWOWで放映されたドキュメンタリー「バス174」(02年)も同様だ。00年にリオデジャネイロで起きたバスジャック事件の本質を、実写フィルムと証言を織り交ぜてあぶり出していく。拳銃を手にバスに立てこもったサンドロはメディアを十分意識して振る舞い、事件を伝えるテレビにブラジル中が釘付けになった。
サンドロの人生は苦難の連続だった。幼い頃、目の前で母親を刺殺され、ストリートチルドレンになる。映像でのサンドロは狂気と衝動を抑制できない若者だが、関係者の証言で別の素顔が浮かび上がる。サンドロはコカインやシンナーに溺れたが、他者を傷つけることはなかったという。バスでは内向けと外向けの会話が同時進行し、恐怖を演じた人質女性たちは、サンドロに殺意がないことを感じ取っていた。
抉り出した問題点は三つある。第一は警察の暴力的体質だ。サンドロは「俺はカンデラリアにいた」とテレビカメラに向かって叫んでいた。93年、カンデラリア教会前で警官が発砲し、7人のストリートチルドレンが虐殺された。難を逃れた62人のうち、00年までに39人が殺されたとソーシャルワーカーが証言している。サンドロは生き残りの一人だった。
第二は市民の冷たさだ。カンデラリア虐殺事件に対し、世論は警察に好意的だった。ストリートチルドレンは不可視の存在で、「犯罪に走る社会のゴミを排除して何が悪い」という声が多数を占めたのである。第三は更生施設や刑務所の悲惨な状況だ。収容された者は生き地獄で、憎しみと暴力への志向が育んでいく。
サンドロは交渉のため、人質の一人と車外に出た。テレビカメラは警察の失態と悲劇的な結末を伝えている。ヒューマニズムの極北を穿った作品だったが、救いはあった。バスを出る直前、会話の中でサンドロが崩れるのを感じたと人質女性が証言している。彼女にすれば身を守るための演技だったかもしれないが、サンドロは幼い頃に殺された母の優しさを思い出したのかもしれない。
見終わった後、日本とブラジル、自分とサンドロを繋ぐ回路を探っていた。答えは次稿に記すことにする。