大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2013年11月29日 | 写詩・写歌・写俳

<818> 大和の歌碑・句碑・詩碑  (49)

        [碑文]       秋山之 樹下隠 逝水乃 吾許曾目 御念從者                                         鏡王女

 鏡王女(かがみのおおきみ)の歌碑については、この項の(47)で、生駒郡三郷町立野の大和川右岸、JR大和路線三郷駅近くに建てられている『万葉集』巻八の1419番の「伊波瀬乃社之 喚子鳥」の歌碑をとり上げたが、今回は、桜井市忍阪(おっさか)の舒明天皇陵域内の鏡女王の墳墓に向かう道のせせらぎ脇に建てられている冒頭にあげた碑文の歌碑に触れてみたいと思う。

 鏡王女は天智天皇に愛され、のちに、藤原鎌足の正妻となり、興福寺の建立を手がけたことで知られる。額田王の姉で、藤原不比等の生母であるとの説も聞かれ、『万葉集』に四首を残す万葉歌人である。天智天皇とは相聞の贈答歌が一首あり、後で詳しくは触れるが、冒頭の原文による碑文の92番の歌がその歌である。藤原鎌足とはこれも相聞による贈答歌が一首。また、額田王に対しては普段の会話の応答のような歌が一首見られ、今一首は「伊波瀬乃社之 喚子鳥」の歌で、これは亡くなった鎌足に寄せて詠んだものと言われ、四首とも男性に思いを抱いて詠んでいる特徴が見られる。

  ところで、鏡王女の名は『万葉集』の記述によるもので、ほかには『日本書紀』に鏡姫王、『興福寺縁起』と『延喜式』に鏡女王の名が見え、みな「かがみのおおきみ」と称せられ、同一人物であるという説と別人であるという説とがあり、定かでないところがある。加えるに、舒明天皇の近親であるとか、鏡一族の出身者であるとかの推察もなされ、鏡女王の墳墓が舒明天皇の押坂陵の傍にあるというのも推理における一つの焦点になっているところがうかがえる。

                            

  で、万葉のこの時代の検証はなかなか難しいところがあるが、そこが逆に推理や想像をかき立てられるところとなっている。思うに、『万葉集』に見える鏡王女は、その歌から天智天皇、藤原鎌足、額田王に関わりがあり、『日本書紀』に見える鏡姫王は、亡くなる前日に天武天皇の見舞いを受けた記事があり、『興福寺縁起』や『延喜式』に見える鏡女王は、鎌足の正妻で、不比等の生母と見え、墳墓については、「鏡女王押坂墓」の記述が見え、舒明天皇の押坂陵に近い墳墓が鏡女王の墳墓に比定されているところから、鏡王女は鏡姫王や鏡女王と同一人物で、資料によって「王女」の部分が「姫王」あるいは「女王」とされたのではないかと考えられる。

  こう見ると、鏡王女は生年未詳であるけれども、亡くなったのは『日本書紀』の天武天皇紀の記事により、天皇が鏡姫王を見舞った次の日に亡くなったとあるから、天武天皇十二年七月六日(六八三年八月三日)となり、鏡王女の天智天皇との相聞問答歌の歌碑が舒明天皇陵の域内に当たる鏡女王の墳墓への道の傍に建てられているのも了解出来ることになる。

  この忍阪の歌碑を訪ねてみると、歌の説明には鏡王女の名が見えるのに対し、墳墓には『延喜式』の「鏡女王押坂墓」とあるによる「鏡女王忍阪墓」の墓碑が建ち、古文献を忠実に反映しているところがうかがえる。ここでも碑の建立者は鏡王女と鏡姫王、鏡女王を同一人物と見ているのがわかる。

 碑文の歌は、天智天皇が近江の大津に宮を開いていたとき、鏡王女に贈った「妹が家も継ぎて見ましを大和なる大島の嶺に家もあらましを」の歌(巻二・91)に和(こた)へ奉った歌で、歌碑は冒頭にあげたように原文表記によっている。語訳によれば、「秋山の樹の下隠り逝く水のわれこそ(ま)さめ御思(みおもひ)よりは」となり、「秋の樹の下隠れの流れが水かさを増すように、君(天皇)がお思いくださるよりも私の方がもっと君(天皇)のことを思っていることですよ」という意であるのがわかる。「樹の下隠り」は自分の心に秘めている気持ちを比喩した表現である。

 天皇の歌は「大和の大島の嶺に家があったなら、あなたの家をいつも見ていられるのに」という意で、「大島の嶺」は生駒山系の高安山かと言われている。この歌から、鏡王女はこのときいずこに住まいしていたのであろうかということが思い巡らされるわけであるが、後に鎌足の妻になることもあわせ、いろいろと推察されるところである。

 写真は左から鏡女王の墳墓に向う道のせせらぎ脇に置かれた鏡王女の万葉歌碑。中央は舒明天皇陵の奥に位置している鏡女王の墳墓の杜。右は鏡女王の墳墓に建つ「鏡女王忍阪墓」の石碑。   古歌の道 落葉踏みつつ 訪ね行く

 

 


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