<1259> 甲 冑
甲冑は 玻璃の内側 冷え冷えと 十方の目に 燃ゆる短命
硝子ケースの中に展示された甲冑一つ。その冷え冷えとした姿に十方よりの目が注ぐ。こうして、甲冑は千年後も二千年後も、展示されている間、ずっと、冷え冷えとしてあり、それぞれの時代人と相対するのであろう。命を賭けた戦いはいつの時代にも厳しくあらねばならず、そこにはあたら命を散らし行く者の哀れが纏う。
言わば、展示された甲冑には確固たる一個の生命、永遠に燃える、だが、燃え切れない命が隠されている。それは壮年のものか、青年のものか。どちらにしても短命であったことに違いはなかろう。見る者にはそこに思いが巡る。半ば色褪せた宿命の甲冑に秘められたこの短命とは。命は果て、そして、甲冑は残されたのである。 写真はイメージで、「水面を走る風の一筋」。
この甲冑を如何に見るかは十方の目の側にある。美しさに殉じた十五歳のものかも知れず、でなければ、甲冑の主はもっと悲劇的な死に見舞われた者であったかも知れない。しかし、それを想像するに、甲冑を斜に見るようなことはよくない。冷え冷えとある甲冑は美しく想像して見ることをすべきであろう。何も肯定するものではないが、甲冑にはかけがえのない命を賭けて駆け抜けた生がうかがえるからである。
荊棘を人馬もろとも過ぎり行く 幻聴夜半の雨の激しさ
騎馬一騎敗死に向かふまぼろしか 水面を走る風の一筋
戦国の群雄の中の一雄の点睛の死と歌と風花
美しき結句求めて急ぎたる武将も見えて 見ゆる遠火事
援軍の遅き極みにきりきりと 馬上切歯の武将の無念
問はば問ひ返すがごとく立つこころ 古色を纏ひ辞世の一首
古傷に思ひをいたす将などもありけむ都 月下 しんしん
短命は十五歳(じふご)の春かその身とは 廃船朽ちて島陰にあり
鴫の群潟打ち止まぬ夢の中 命運悲痛の歌をともなふ
能面の微笑を染める夕篝 四方(よも)の闇より誰かの心