Vision&Education

木村貴志の徒然なるままの日記です。

志は気の帥なり

2025年02月03日 | Weblog

「志は気の帥なり」孟子の言葉です。「帥」は「統帥」の「帥」ですから、「志」はあらゆる気を率いているもの、指揮統率しているものだというのです。

「気」を使う言葉は様々にあります。元気、根気、本気、気力、気迫、活気、気概、覇気、etc.

「気」という言葉自体、人間の諸活動に大きな影響があるものです。というより、人間存在の本質に近いものなのかもしれません。辞書には、「生命・意識・心などの状態や働き。」という説明から、「天地に生じる自然現象。」「あたりに漂う雰囲気。」まで様々な説明があり、広範な意味を持つ言葉だということが感じられます。

社会全体から活気が失われていくということは、個人個人の「気」が衰えているからなのかも知れません。そして、それは1人1人に「志」がないからなのかもしれません。

元気には様々なものがありますが、「乱痴気騒ぎ」を起こす若者も元気と言えば元気です。しかし、それは「気」の使い方を誤っているに過ぎないのではないかと思います。所詮、それは、自分の欲望のため自己顕示欲のための、刹那的私利的元気に過ぎないのです。だから他人に迷惑をかけて恥ずる所が無いのです。

タイパ、コスパが大事だという価値観も「自分のための」という言葉が頭につくのだと思います。お金や時間を、これまでお世話になった人や、社会のために使うという思いは実に希薄だと感じます。

こう考えると、「夢」という言葉は個人的な欲求を満たすものとしても使える言葉であるけれど、「志」は「人々のため」という、私利ではなく義のためにというニュアンスを含む言葉であるということに関連があるのだと思い至ります。

「志」がないから、つまり「気の帥」がいないから、「気」の使い方が分からずに、「無気力」であったり、「気を違え」て乱痴気騒ぎを引き起こして、人に迷惑をかけたりするのだということです。

紀元前に孟子が語った「志は気の帥なり」という言葉を知る人もなく、ましてや深く理解しようという人もほとんどいなくなった現代、私は今の人間が昔よりも立派になったなどとは到底思えないように感じます。

だから私は地道に「志の教育」の大切さを説き続けていこうと思います。そのためにも孔子や孟子の教えと、それを学んだ吉田松陰などの日本の先人たちに学び続けたいと思います。

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志の教育

2025年01月29日 | Weblog

志を立てることは、そう簡単なものではありません。

一生涯かけて、成し遂げていくものですから当然のことです。

学び抜き、考え抜き、行動しなければ、志など見えてくるはずがありません。

倒れても立ち上がり、また立ち上がり、不屈の闘志で自分を鍛え上げて、前進していかなければ、

志を達成できるはずがありません。

志の教育というものは、その人の中で、志が確固たるものになってきて、

初めて全てのことが繋がって見えてくるものだと思います。

オセロゲームのように、黒が一気に白にパタパタと変わっていくような感覚のものだと思います。

困難なものですから、志の教育に対して、多くの人は手をつけないか、分かったような顔をして、浅くやっていくだけのように感じています。

しかし、志の教育ほど大切なものは無いと思います。

だから、志の大切さに気づくのが、10年後、20年後、30年後であろうと知りつつも、全力で伝えていきます。

志の大切さに気づかない人も多いだろうとは思いますが、やはり気づくことを前提に全力で伝えます。

それだけのことです。

ただ私は、志ある今の人生の方が、志のなかった時代より楽しいと思いますし、充実していると思います。

 

 

 

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思想

2025年01月29日 | Weblog

私の思いは思いとして、私はあまり思想的なことには触れないようにしています。

私と共に学んだ後の出会いで、右に行ったり、左に行ったりする人もいると思います。それはそれで仕方の無いことです。

ただ、いずれにせよ、社会がより良いものになるようにという意志と、人々のために生きようという思いだけは忘れないようにしていただきたいと念じています。

最後には、世のため人のためという意識になっていただきたいと思います。

日本に生まれ育てば、結局は、日本の自然や歴史や文化と共に生きた祖先たちの思いと共に生きる、ということにならざるを得ないと思いますので、いつかは保守への回帰という道筋になるのかもしれません。

ただ、天寿を全うできるかどうかもわかりませんから、結局、人間は、その時々に最善を尽くしていくしかない、不確かな存在なのだろうと思います。

 

 

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三島由紀夫氏の言葉

2025年01月28日 | Weblog

「このままいったら日本はなくなって、その代わりに、無機質のからっぽな中間色の富裕な抜け目がないある経済大国が極東の一角に残るのであろう…」

悲しいことに、日本は、故三島由紀夫氏の、この言葉の通りになりました。いや、それどころか経済大国ですらなくなっていく哀しい姿の日本が見えてきました。

日本の先人たちは、貧しくとも、誇りを持っていました。忍耐強く、謙虚で、勤勉で、思いやり深い心を持ち、未来の子々孫々のことを考えることの出来る人たちでした。

今、この三島由紀夫の言葉を知る人が何人いるのだろうかと思います。そして、その言葉に危機感を持つ人が何人いるのだろうかと思います。

ささやかですが、私は教育を通して、少しでも何とか出来たらと思って持っています。それだけです。

 

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孔子の言葉

2025年01月27日 | Weblog

■「子曰く、人の己を知らざることを患(うれ)えず。人を知らざることを患うなり。」

現代語訳「孔子が言った。他人がこちらの真価を知ってくれなくとも、気にかける必要はない。それよりも、自分が、他人の真価を認めないことを、心すべきである。」

■「子曰く、位無きを患(うれ)えず、立つ所以を患う。己を知ること莫(な)きを患えず、知らるべきことを為すを求むるなり。」

現代語訳「孔子が言った。自分の社会的地位のないことを悩むことはない。それよりも、地位に立つための人間性がないからであることを、悩むことだ。また、世間の人が、自分の真価を認めてくれないことを悩むことはない。それよりも、人から認められるだけの行いをするよう、心がけることだ。」

これらは紀元前に語られた孔子の言葉です。孔子は、門下生が沢山他国に召し抱えられていく中、出世とは無縁の人生を送ります。特に55歳以降は、放浪の旅に出ることとなり、襲われて命を失いそうになったり、飢え死にしそうになったりします。

それでも、孔子の生き方は揺るぎませんでした。

私もそのような生き方であろうと思います。世に認められることなく孔子はその人生を終えたといっても良いと思います。しかし、その教えは、2,500年以上の時を経てなおその輝きを失いません。

今日では、とにかく人に認められることが重視され、ビジネスやお金のために発信するのは必要なこととも言えるかと思います。しかし、こんな時代だからこそ、今一度、孔子のこの言葉を噛み締めて、一歩一歩、教育の道を歩んでいきたいと思います。

 

 

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反省

2025年01月27日 | Weblog

「そもそもわれわれは、真の確信なくしては、現実の処断を明確に断行することはできないのです。ところが真に明確な断案というものは、どうしても道理に通達することによって、初めて得られるものであります。そこで偉大な実践家というものは、一般に大なる読書家であり、さらには著述をもなし得るていの人が多いと言えるわけです。」(『修身教授録一日一言』)より。

最近、自分の読書量が減っていることを感じています。森信三先生のこの言葉に改めて触れて反省しました。読書と執筆に、今年は改めて向き合っていきたいと思います。私の意識の中では「実践」という言葉が大きなウエイトを占めているのですが、それは教育というものは、あくまで「実践」であり、評論していても何も変わらないという思いがあるからです。しかし、実践の忙しさにかまけて、読書と著述を怠っているようでは、大したものにはなれないのだと改めて反省させられました。

 

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教育をより良いものにするために

2025年01月26日 | Weblog

教育をより良くする道は、つまるところ自分をより良くする道でしかありません。

自分の至らなさに気がつかず、自分を成長させることも出来ない程度の人間に、

どうして他人様を成長させることなどできましょうか。できるはずがありません。

自分の浅さや未熟さは、他人様には誤魔化しようもなく、正確に伝わっていくものだと思います。

 

 

 

 

 

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全力で

2025年01月24日 | Weblog

日本の今を嘆き、日本の未来を憂う声が、巷に満ち満ちています。その通りだと思います。

昭和の残滓のようなと言えば失礼ですが、昭和を生きた素晴らしかった人たちの多くは鬼籍に入り、残った大人たちの右往左往する情けない姿が巷にあふれています。

では、どうするのか。批判をしても何も変わりませんから、実践あるのみです。

イノベーションについて行くことも大切だと思います。

しかし、今、問われているのは、人間としての在り方であり、気概や、生き様であると私は思います。

日本人としての教養や、国家観・世界観をもった、プリンシプルのある人間が出て来なければ駄目なのだと思います。

まずは、自分がどこまでやれるか、とにかく教育実践に全力を尽くします。

そして、その結果、その思いが周りにも伝わっていけば良いなと思います。

それが何も持たない市井の一教育者として、私に出来る最大のことだと思います。

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バッカーズ寺子屋(東京)・入塾説明会

2025年01月23日 | Weblog

バッカーズ寺子屋20期生の入塾説明会を来月から開始いたします。日程・会場は下記の通りです。

◆第1回入塾説明会 2025年2月15日(土)15:00~16:00

◆第2回入塾説明会 2025年3月22日(土)16:00~17:00

◆第3回入塾説明会 2025年4月25日(金)18:30~19:30

◆第4回入塾説明会 2025年4月26日(土)11:00~12:00

◆第5回入塾説明会 2025年4月26日(土)16:00~17:00

 

入塾説明会会場 建装工業株式会社 1階会議室

〒105-0003 東京都港区西新橋3-11-1 

お申し込みはバッカーズ子屋事務局まで。

お電話の場合、03-3434-1341までお願い致します。

入塾を希望される方は、保護者の方と、必ずいずれかの入塾説明会にご参加下さい。(対象は入塾時10歳から15歳です。)

入塾説明会の場で、入塾願書・パンフレットを配布致します。

皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 

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バッカーズ九州寺子屋(福岡)・入塾説明会

2025年01月22日 | Weblog

バッカーズ九州寺子屋の入塾説明会を来月から開始いたします。日程・会場は下記の通りです。

◆第1回入塾説明会 2025年2月23日(日)17:00~18:00

◆第2回入塾説明会 2025年3月9日(日) 17:00~18:00

◆第3回入塾説明会 2025年3月23日(日)17:00~18:00

◆第4回入塾説明会 2025年4月12日(土)17:00~18:00

 

入塾説明会会場 電気ビル共創館

〒810-0004 福岡市中央区渡辺通2-1-82電気ビル共創館

お申し込みはバッカーズ九州寺子屋事務局までHPの「入塾のご案内」をクリックしてお申し込み下さい。

お電話の場合、092-791-3440までお願い致します。

入塾を希望される方は、必ずいずれかの入塾説明会にご参加下さい。

入塾説明会の場で、入塾願書・パンフレットを配布致します。

皆様のご参加を心よりお待ちしております。

 

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