前のブログを書いていて、ふと思い出したことがありました。それは、プラネタリウムのレンズを作るのは、ミクロン単位の正確さが要求されるのですが、それができるのは人間の手仕事だというお話です。
一つことを長年続けてきた職人さんの感覚・感性が、機械ではできない正確さを実現しているというのです。恐るべきことだと思います。
そんな精緻な手仕事を日本人は強みとして持っていました。それを捨て去って、何を為そうというのだろうかとついつい考えてしまいます。
私も及ばずながら、職人の手仕事のように、手間暇をかけた精緻な教育を生み出していきたいと思います。それを求める人がいなくなれば、そこで私の仕事も終わるのだろうと思います。そこまでは全力を尽くします。