つきみそう

平成元年に出版した処女歌集の名

鎌倉殿の13人の結末「承久の乱」木曽川・前渡の戦い

2023-02-26 | 講演会

 昨日は笠松町中央公民館で、鎌倉殿の13人の結末「承久の乱」木曽川・前渡(まえど) の戦いの講話がありました。講師は岐阜女子大の丸山教授。昨年の大河ドラマの鎌倉殿の13人では、当地でくりひろげられた木曽川・前渡の戦いが、ほとんど取り上げてなくて、がっかり。そう思う人が多かったようで、今回の企画となりました。重要な歴史場面で遺跡もあるというのに、あれでは皆さんも失望されていたようです。

 北条義時の正室は「ひな」という設定でしたが、文献にもなく、三谷氏がつけられた名前とか。当時の人口から考えて北条軍と幕府軍と合わせて19万人とはとんでもない数字でありえないとか。原作の愚管抄も誇大して書きたかったのでしょうか。

 ともかく記録には、前渡の戦いは、双方19万人と書いてあり、墓地も健在しているので、相当な規模の合戦と思われます。双方の軍の配置とか記録もあるのに、全くドラマでは放映されなかったのです。恐らく三谷氏も、あの墓地は見ていないかと思われます。

 短歌会で唯一の吟詠会で、10年前、この前渡の墓地に行きましたのに、スルーされて残念です。記事は、2014.4.19.

 日本史の中で3回、木曽川周辺が登場します。まず壬申の乱。そしてこの承久の乱。そして関ケ原合戦の前哨戦で、米野の戦いと言います。笠松町にあります。

 笠松町のイベントによく出ることから、夫にも主催者から案内状が来ていたので二人で出かけました。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする