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東京アイランド

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幸福駅(その2)

2015-03-06 00:31:21 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 キハ22 221の銘版(日本国有鉄道 昭和○○年製造)を探してみましたが、すでに取り外されていました。扇風機に製造年が刻まれていたので、確認してみました。
 昭和42年3月でした。車両履歴を調べてみると、昭和38年12月16日製造。当初仕様では扇風機なしだけど、北海道の夏は暑く後から取り付けられたと思われる。

 昭和38年といえば、1963年。もう52年目。動態保存車なので、もし、広尾線が復活し、帯広までレールがつながっていれば、エンジンは動くかも・・・。地元の帯広塗装工業協同組合青年部のボランディアで国鉄時代末期の原型を留めてくれます。長年も手当しないと、雨風で風化、ボロボロになってしまいます。

 昭和3,40年代といえば、信号が自動化されていないため、単線の運行に鉄のわっかのようなタブレット(通行票)の受け渡しをしていました。通行票を持っていれば、単線での衝突を防ぐ役目もありました。各停なら、駅員さんが直接運転士さんに手渡せますが・・・急行の通過駅はタブレットをかけておき、運転士さんが窓から腕を出し、わっかを潜るようにキャッチ。鉄製なので、窓に当たったらガラスが割れてしまう。これは割れないように柵がついています。

 暗号めいた記号だけど、車両の所属先です。「釧クシ」は見てのとおり、「釧路運輸車両所」。JR北海道に変わっても、表示はそのまま引き継がれています。81は乗車定員の数。
 山手線は「東ヤテ」、千葉のボロ房線は「千マリ」。マリは幕張の電報略号。京葉線は「千ケヨ」。山口県の山陽本線は下関運転所なので、「広セキ」。JR九州の鹿児島本線は「本ミフ」。本は九州本社鉄道事業部、ミフは南福岡電車区の略号。ぱっと見てわかるように業界専用の暗号かも知れません。

 幸福駅舎に向かいます。あれっ?2000年に見たよりもきれいになっている!?

 昔から相変わらず駅舎に「幸福」にあやかり、切符だらけです。

 友人いわく・・・「今見ていると、愛国から幸福ゆきのレプリカ切符ばっかりで面白くない。昔は、全国各地の見知らぬ駅名ばかりの切符や、マルス券とかペタペタ貼られていたんだけどな」ほう~!!よくご存じ。私も14年前に来たときは、全国の切符とかいろいろ貼っていて、見ているだけで面白かった記憶あり。
 今の時代、ICカードが普及しているので、切符を手元に残せなくなったのが一因かもしれません。

 駅舎正面。

 なるほど・・・幸福駅舎が改築されたのは2014年8月。今は9月なので、新築1ヶ月目だ。

 1ヶ月の間にたくさんの人が来ていますね~!!まだまだ幸福駅の話は続きます。

幸福駅(その1)

2015-03-03 00:52:00 | 2014小幌・日高本線・幾寅
 幸福駅は・・・全国からひっきりなしに訪ねてくる、北海道帯広市の人気スポットです。広尾線は1929(昭和4)年に開通。幸福駅は1956(昭和31)年に幸福仮乗降場として設置。のちに、「幸福駅」として昇格。
 1956年から1987年。駅として使われていたのはわずか31年でした。開業当時から國鐵の正職員を配置しない無人駅だが、駅構内の売店が乗車券(硬券)を発売する、簡易委託駅でした。郵便局の「簡易郵便局」は、郵便局の正職員ではなく、民間人、農協、漁協、コンビニ店員が郵便業務を受託。簡易委託駅は、國鐵(JR)から切符発売を受託を受けた駅前の商店や個人宅など・・・。切符を國鐵から販売手数料を差し引いた額で買い取り、お客さんが来たら売るシステム。

 大正を出ると、今度は昭和エリア。広尾まで67キロ。

 幸福駅の目印は、とてもわかりやすい。林のあるところです。

 カーナビでは教えてくれませんが、標識はちゃっかり教えてくれます。幸福駅まで0.4キロ。

 やってきましたよ!幸福駅。最後に訪ねたのは、2000(平成12)年の家族旅行で。あっと言う間に14年ぶりですかね・・・。

 この地に「鉄道公園」を作ったいきさつの看板。そりゃ、「幸福駅」という非常に縁起のよいところなので、廃線になってもいつまでも永遠に残せるように。

 広尾線で走っていたのであろう、キハ22 238。キハ20と同系列。22は、北海道の寒冷地向けで窓が二重になっています。

 開園中はドアを自由に開けられます。

 中に入ってみたら・・・車内が改造されていました。

 なるほど・・幸福駅で挙式を挙げた記念写真などが展示されていました。

 キハ22 238の運転席。今では滅多に見かけない、日立製作所の懐かしい亀の子マーク。トワイライトや北斗星最終運転日の指定席券を全国から殺到してもフリーズしない最強のマルス端末を開発したのも日立製作所。鉄道車両の製造メーカーでもあります。山口県の下松工場で作られているので、このキハ22も山口県生まれかも・・・?
 ん??亀の子マークの左に目をやると・・・なんとJNR(國鐵マーク)の灰皿がついているのではありませんかっ!?國鐵時代は、運転しながらの喫煙は認められていたのか!?今の時代だったら、運転しながらの喫煙は乗客からの通報で発覚すれば懲戒免職に相当するんだけど??昔は、かなり寛容だった。今だったら、喫煙できる場所がかなり限られている。

 まわりもきれいに整備されているのか、きれいな御花畑もあります。

 廃止当時のままだと、朽ち果ててしまうので、駅名票もしっかりメンテナンスしているようです。

 1両目は、改造された休憩室ですが、2両目のキハ22 221は改造せず往年のまま残されています。

 キハのディーゼルオイルがしみついているのか、かなり懐かしい香り。子どもの頃の山陰本線汽車通学も同系列のキハ20なので、香りが全く同じ。今だと考えられないほど、すべて灰皿付き。たとえ、ほとんど席が埋まっている満席の状態でタバコを吸っても、誰1人も文句言わない時代だったので、今、考えてみればすごいことだと思います。昔は「タバコ=百害あって一利なし」の構図が成り立たないので、タバコのにおいでも何とも思わなかったかも知れません。昭和39(1964)年、東海道新幹線開業。「ひかり」全車両喫煙車。あれから半世紀後の平成19(2007)年、「のぞみ」N700系新登場。全車両禁煙車(喫煙ルーム設置)。
 幸福駅の話はまだまだ長いです。

往年の思いを馳せて・・・大正駅

2015-02-28 00:52:44 | 2014小幌・日高本線・幾寅
 カーナビは現役の駅なら表示されますが、廃駅はもちろん載っていません。地名や道路標識をよく見ないと見落としてしまいそうです。

 「 ← 大正駅」の看板を見つけ、左折~!!これが大正駅跡地。プラットホームや、ホームの屋根まで残されていました。

 駅の跡地はバーベキューができる「大正ふれあい広場」に生まれ変わりました。

 駅名票は、思いっきり愛着のある手書きですね・・・。もし、現在も現役だったら、JR北海道様式の、もえぎ色(ライトグリーン)のラインが入った駅名票になっていたかも知れません。

 大正駅の歴史は、昭和4(1929)年開業。廃線は昭和62(1987)年。わずか58年で廃線に追いやられてしまったとは・・・。

 28年前にさかのぼると・・・このホームにキハ22(昭和30年代製造)や、キハ40(昭和50年代製造)のディーゼルカーが入線。

 現在も現役だったら、大阪環状線にも「大正駅」があるので、北海道の大正は(広)大正、大阪は(環)大正とマルス券に印字されるかも知れません。大阪環状線に「福島」駅あり。東北本線も「福島」。それぞれ、(環)福島と(北)福島で区別。
 
 大正駅前の風景。
 大正駅は特記すべきところはあまりないので、ルポルタージュはこれで終了します。
 次は幸福駅。長くなりそうです・・・。

愛国駅

2015-02-26 00:34:01 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 改札口上にあった、運賃表。廃線になる直前の、愛国から幸福ゆきは220円区間のはず。半額の110円になっていますね。國鐵線で初乗り70円は昭和50年代だと思われる。

 当時の時刻表がそのまま残されていました。

 これも・・・。よく見たら、幸福駅、大正駅も含まれているもので、廃止後持ち寄ったと思われる。

 1987(昭和62)年2月1日。さよなら広尾線のおわかれ式。

 廃止30年近くになっても、ずーっと大切に手入れ。

 ホームに出ると、広尾線で活躍していた蒸気機関車が止まっていました。釜に火入れすると動き出そうです。

 駅前にあった、記念モニュメント。愛国から幸福行きは飛ぶように売れていた人気のある切符でした。廃線直前の運賃は220円。現在のJR北海道地方交通線の11キロは260円なので、30年近くになってもわずか40円アップ。

 個人住宅を兼ねている愛国簡易郵便局。簡易局は郵便局から委託を受けた人が郵便業務を携わるようになっています。ATMはありませんが、貯金端末設置有。平日の9時から16時まで開局。今日はあいにくお休みでした。

 ポスト。1日2回取り集めに来ます。平日は11:35頃と16:45頃。ポストだけではなく、局舎内で引き受けた郵便物も回収。近所の小さな郵便局前のポストは16:00の1回のみ。16:00を過ぎると、24時間後。近所より、愛国簡易郵便局のほうが恵まれている。

 これから大正駅に向かいまーす!!

愛国駅へ出発~!

2015-02-22 00:22:04 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 朝の帯広駅。9月下旬なので、少しひんやりしていました。13度くらいかな。おとといは日高本線の旅、車内気温は30度近く。扇風機を回していたほどなのに・・・。

 レンタカーを借りるとしたら、いつも日産車。マイカーは日産なので、旅先でも割引になるカードを持っているので・・・。
 契約書の項目をチェック。返却先は新千歳空港。返却時間は予約リスエスト通りで間違いなし!とサイン。店員さんの「返却先の新千歳空港での返車場所はわかりますか?」と全然一言もなかった。新千歳空港の日産カウンターまでだと勘違いし、あとで大きなトラブルに。「帯広で借りたときに、返し方の説明なんて1つもなかった。今回は余裕を持って来たんだけど、搭乗時間に間に合わなかったら、どう責任を取るつもりなのか!?」と叱りつけてやったので、今は返却先の説明を徹底しているかどうか。
 札幌ナンバーなので、ワンウェイで帯広に乗捨て、今度は私たちが新千歳空港なので、ちょうど返車するのに適していると割り当てられたでしょう。日産車はどこでもETCが付いているはずなのに、この車はなぜかついていなかった。ETC無線を通して通過なら相当な割引額になる。通行券を取って、ETCカードとともに出口の料金所で清算すると、割引にならないってば。ひろ~い北海道なんだから、ETCを取り付けたまえ!日産レンタカーさんよ!!

 昨日バスで通った道と同じく広尾方面へ南下。
 愛国が見えてきました。

 カーナビは現役の駅のみ表示なので、廃駅の位置は道路沿いの標識が頼りです。ちゃんと案内表示がついていました。

 まもなく愛国駅でーす!

 駅前にあった、貨物列車の車掌室。

 お土産店。「愛国駅のきっぷあります」と張り紙が・・・。私製の模造紙だけど、きっぷ収入は個人の懐へ、ということになります。

 昭和62年廃線のまま残されているとはいえ、まだまだ新しく、今にでも汽車が来そうな感じ。

 駅舎の中は鉄道記念館になっていました。全国どこでも同じデザインの国鉄制服。親方日の丸なので、地味でシンプル。今のJRは各社ごとデザインが異なります。たとえば、上野からの北斗星。東日本の車掌さんが検札に来て、早朝の青森で北海道に引継ぎ。サンライズ出雲は全区間、車掌はJR西日本。瀬戸は児島で西日本から四国に交代。いつも見慣れた制服と異なるところへ出かけると、遠くまで行ったんだな~と実感。

 廃線直前まで使われていた、国鉄地紋の硬券。

 コンピュータが計算して発券するマルスやPOS端末もないので、長距離乗車券や、指定席券などは手書き。ゴム印がいっぱい!!

 現役だった頃の広尾駅。今も改札口に入ったところで広い駐車場に変わっていました。昔はレールがたくさんあったに違いないと直感的に思っていたとおりでした。

 中札内駅。昔は通勤、通学生で賑わっていたので、廃線にしなくてもよかったのでは・・・。

 廃線が決まったとたん、押しかけてきたみたいですが・・・。バイクばかりじゃないですか。少しでも國鐵の収益になるように、汽車で来なさいってば!!

 昔使われていた、駅名票も展示。

 「愛国」にあやかり、置いていかれた切符。東日本大震災が起きた年の平成23年12月16日 気仙沼駅A1発行のマルス券。津波の被害が甚大だったのは、海岸沿い。気仙沼駅は少し内陸部にあり、被害は免れたようです。流れてくるがれきが駅の近くで止まったそうです。

帯広駅前の居酒屋

2015-02-20 00:38:26 | 2014小幌・日高本線・幾寅
 ホテルは朝食のみ提供なので、フロントにお勧めのところを聞いてみました。「帯広の名物は、ぶた丼です」とお勧めできるお店を紹介してもらいました。しかし・・・ぶた丼だけではなく、いろんなものも食べてみたい。「魚とかはないですか?」と聞くと、「魚も食べられるなら、徒歩2~3分の、かかしさんが美味しいですよ。これもお勧めできます」といくつかをピックアップ。
 実際に食べてみて、美味しいと認めているお店なら、「このお店にしましょう~」と出かけてみたら・・・どうもオヤジ系っぽい居酒屋。もちろん、タバコの煙付き。北海道は喫煙率ワーストワンだから、仕方がない。

 頼んでいないのに、お通し。相場は300円~500円くらいかな。お通しが出てきたらそのくらいの金額かな、と。暗黙の了解。

 サラダ。

 北海道に来ると、必ず頼んでしまう、ホッケ。他にいろいろ食べてみたいので、ハーフサイズでオーダー。

 ろばた焼きいろいろ。

 かかしさん1番お勧めの、アスパラ豚肉巻き。揚げたてはサクサクしていて、美味しい。


 しらす。

 野菜炒め。

 〆は、おにぎり。ごちそうさまでした~!!

 ホテルへ戻るまえにコンビニへ。北海道なのに、沖縄のオリオンビールが・・・。沖縄のコンビニに北海道のサッポロビールはあるか!?
 サッポロビールはこってり系なので、寒い地帯向け。オリオンビールはあっさりしているので、南国向け。その風土に合わせて作られているので、北と南交換しても、需要はあるかどうか・・・。
 明日の予定は・・・帯広駅前のレンタカーを借りて、愛国駅、大正駅、幸福駅。幾寅駅・・・・新千歳空港から飛行機で帰京。鉄道とバスの旅はこれで終了。あとはレンタカーで自力移動。当初、バスで幸福駅まで行って、帯広からJRの予定でしたが、本数も限られているので、時間に気にせずレンタカーのほうが便利です。北海道特例により、借りた場所とは違う場所へ返車するワンウェイ料金も内地に比べると若干安めになっています。

帯広駅

2015-02-17 00:16:23 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 十勝バスの途中休憩地、忠類駅。休憩タイムは7~8分と短く、探検はできず。

 広尾~帯広の遠距離路線バスとはいえとも、沿線の学校に通う学生の足になっているようです。私みたいに始発から終点まで乗り通すことはなく、次々と学生が入れ替わります。

 日が暮れ、やがてあたりは真っ暗に・・・。うとうと居眠りしていたら、偶然にも「次は幸福~」というアナウンスとともにいきなり目覚める。すると、友人は「えっ!?なんて幸福ってわかったの?」と不思議がっていましたが、放送の声が聞こえなくても自分の好きな場所なら・・・「勘」なんです。「さて、幸福駅ってどのあたりかな~?」と探してみたら、なるほど。道路から遠く離れていましたが、2両のキハ22がライトアップされていたので、「あそこが幸福駅なのかっ!?」とすぐわかりました。

 やがて、バス車窓はネオンが輝く都会になり、終点の帯広駅北口到着~!!腕時計を確認してみると、定刻より3分遅れの18時48分。確か広尾を16時22分に出発しているので、本当に長~~~い路線バスの旅でした。しかも運転手さんは途中で交代せず、ずっと1人で。運賃は1880円なり。

 帯広駅前にあった、廃レール。最初、これを見たときは広尾線かな?と思いましたが、ここは北口なので士幌線なのか?ずっと昔の國鐵時代、帯広駅の北側に士幌線、南側は広尾線。このレールは東西に延びているので、根室本線かも知れない?と、どの路線の跡地なのか、よく考えず撮影。
 (あとで調べてみたら、このレールは根室本線だそうです。高架駅に生まれ変わっているので、昔あったレールをそのまま残しているとのこと)

 みどりの窓口。

 近距離切符券売機。新型タイプのものはオレンジカード使えず。JR北海道も、四国と同じくオレンジカードをたくさん発行しておきながら、非対応とは・・・。赤いテプラは「ICカードは対応しておりません。チャージはセブンイレブンで承ります」。なるほど、帯広はkitaca圏外。

 券売機で買える範囲は札幌から釧路の間まで。たぶん、100キロ以内は小さな切符、100キロ以上は名刺サイズの切符が出てくるかも知れない。試しに買ってみて、「間違えました」とみどりの窓口に行って、返金してもらうのも気が引けるので検証はしませんでした。

 帯広も自動改札機設置。でも、根室本線は自動改札機のない無人駅が多い。釧路も設置。入場だけ機械処理、無人駅からのお客さまは必然的に有人通路で清算になります。自動改札は都会の象徴なので、見栄を張っているかも知れない。

 帯広駅通路。

 あの有名な六花亭の本店は帯広。バターサンドやサクサク霜だたみ、ホワイトチョコレートなどなど・・・なかなか止まらなくなってしまいます。明日も旅を続けるので、新千歳空港のショップで求めたほうが荷物にならないし・・・。今回は遠巻きに見るだけ。(笑)
 今夜の宿は帯広駅のJRイン帯広さん。JR系のホテルはホテルメッツ、JR九州ホテルなど駅に直結していて便利な立地にあります。

忠類(ちゅうるい)駅

2015-02-13 09:13:32 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 広尾を16時22分に出発、帯広までの84キロをおよそ2時間半後の18時45分到着予定。遠距離高速バスなら若いころに何度も乗りましたが、普通の路線バスで2時間以上も乗るのはおそらく初めてかも・・・。
 9月下旬の北海道なので、17時になるとご覧とおり。夕日が差し込むます。

 今日は静内から引き続き、汽車に乗り、様似まで。様似から路線バスでえりも岬。2本目はえりも岬から広尾、今乗っているバスは3本目。汽車の走っていない空白区間なので、路線バスに頼らざるを得ません。

 3時間近く走る路線バスなので、車内に途中休憩場所の案内が貼ってありました。
 公衆トイレ併設の忠類バス停留所が5分くらいの休憩タイムなので、運転士さんにお手洗いへ行く旨を伝え、下車。
 十勝バスさんは黄色なので、遠くからでも目立つし、北海道の青い空と雄大な緑にマッチングしています。

 本当は数えきれないほどの停留所だけど、途中の主要地を表示。

 友人が「あれっ?あんなところに!?」と指さした。「郵便局?」と聞くと、「郵便局の少し向かいを見てみて」

 なんと!!廃線になったはずの、忠類駅がそのままきれいに保存されていました。あとで調べてみると、忠類駅も鉄道資料館として管理されているとのこと。1930年(昭和5)年建築なので、1987(昭和62)年廃線当時は57年目。現在は、85年になります。
 出札窓口や、待合室もそのまま残されているみたいなので、「行ってみたいな」とボソッ。
 このバスを見送ってしまうと、次に来る間隔は長い。「行ってみたいけど、遠くからでも・・・」と写真。
 当時の広尾線を風化させないため、85年になっても立派に構えています。

広尾線が健在だった頃の路線図

2015-02-12 00:20:42 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 今の路線図は主要幹線のみ、スカスカな状態なのに昔は網の目のように張り巡らされていました。。九州北部も昔は炭鉱の町なので、炭鉱を運ぶ路線として上山田線、宮田線、漆生線、伊田線・・・などなど。北海道も、広尾線、万字線、美幸線、胆振(いぶり)線、天北線、オホーツク海沿岸の興浜北線(こうひんほくせん)、興浜南線(こうひんなんせん)、両方のレールが連結されていれば興浜線として改名しようと計画があったほどなのに、未開通区間を放棄し、廃線。

 山口県の路線図。県内で廃止になったのは、美祢線の南大嶺~大嶺間の2.8キロのみ。

 千葉県の路線図。廃止はないけど、内房の木更津と外房の大原を結ぶ計画があった木原線(大原~上総中野)がいすみ鉄道に転換。東京~蘇我間の京葉線や成田~成田空港間は開業前。
 廃線が目立ったのは、北海道と九州北部でした。

広尾駅鉄道記念館

2015-02-06 00:40:36 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 1987(昭和62)年廃駅直前の写真。現在も、バスターミナル兼鉄道記念館として生まれ変わっています。(有人駅)

 広尾を出て、となりの駅は「新生(しんせい)」駅。新生銀行を連想してしまいそうな駅名。(無人駅)

 忠類駅。最初、読み方が難しいなと思ったら、普通に「ちゅうるい」でした。ワニやトカゲなどの爬虫類を連想。

 愛国駅。廃線になっても、建物はそんなに古くはないので、現在も鐡道公園の建物として現役。(有人駅)

 幸福駅。もう有名な駅になっています。廃止30年近くなので、建物の老朽化に伴い、同じように再現する復元が行われました。新築とはいえとも、昔の設計に基づいた復元です。(有人駅)

 北愛国駅。(無人駅)

 大正駅。大阪環状線でも同じ駅名があります。もし、広尾線が今も現役だったら、マルス券の駅名は(広)大正、大阪環状線のは(環)大正といったように区別するかも知れません。
 只見線に根岸駅があります。横浜の根岸線も、同じ駅名あり。「(只)根岸 → 会津高田 経由:只見線 ¥190 根岸駅発行」のマルス券をぱっと見ただけでで「只見線の根岸駅ってみどりの窓口あるんだっけ?」と錯覚してしまいそう。
 白石駅だけでも、全国で3ヶ所。札幌市内と、宮城県の東北本線、九州の肥薩線。それぞれ(函)白石、(北)白石、(薩)白石。
 香川県の県都、高松駅はいつも(讃)高松と印字。もう1つの高松はどこなのか調べてみたら、石川県の七尾線にあって、こちらは(七)高松と印字されるようです。


今日は広尾線廃止28年目(1987.2.1)

2015-02-01 00:27:46 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 広尾駅鉄道記念館の展示内容です。國鐵は親方日の丸なので、経営方法を見直さず赤字が膨らんでいく一方。さすがにそのままでは経営破たんになるかも知れないと、採算のない路線は廃線にしようと昭和55(1980)年に國鐵再建法成立。

 廃止対象路線に広尾線が含まれており、沿線7市町村が「広尾線を守る会」が結成。住民の足を守るためにバス転換か第三セクターで鉄路をそのまま残すか検討されたが、第三セクター化は見送られ、代替バスが決定されました。様似から広尾の鉄路未完路線は國鐵バス(現在はJR北海道バス)、広尾から帯広までは十勝バスが継承。

 展示のため、長年も光にさらされると一部はシミや色あせが出てしまったようです。広尾線最終営業日の幸福郵便局と愛国郵便局の記念押印。

 最終日の日付があらかじめ印刷された、記念入場券。

 最後まで使われていたグッズを展示。

 広尾駅の改札鋏は・・・

 でした。あんまり好きではない鋏痕。改札鋏の手前にあるものは、途中下車印。広尾は終着駅なので、途中下車印の用意はないはず。たぶん、他の駅から持ってきたと思われる。

 駅員さんの制帽や制服のボタンは蒸気機関車の動輪をかたどったものです。JRに変わっても継承しているところは・・・JR東海、JR西日本、JR九州の3社かな。

 タッチングマシーンと言います。大昔の硬い切符に日付を入れるのに、左から右へスライド。今でも使われているところは、JRでは滅多にないでしょう。ローカル民鉄なら一部はありそうです。どこも製造されていないので、かなりお宝なものになります。

 稚内から枕崎まで全国統一のシンプルな國鐵制服。今のJRに比べると派手さもなく、地味な感じです。昭和30年代で止まっている小湊鐡道を観察してみると、このタイプに似ていてどうも國鐵っぽい雰囲気。車掌さんは積極的に若い女性を採用しているのに、古めかしい女性事務服に現金の出し入れに使う「国鉄仕様ショルダーがま口」を着せられては勿体ない。

広尾駅(その1)

2015-01-31 00:17:48 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 奥に見えるクルマがなければ、今にでも汽車が来そうな雰囲気。ラッチ(改札)もまだ新しく、これでも廃駅とは信じられない風景。

 首都圏のJR駅に自動改札機が導入される前の有人改札はこのタイプが多かったような気がします。駅員さんがここで切符に鋏を入れたり、汽車から降りたお客さんの切符を回収。2つもあるなんて、昔は相当な利用者がいたに違いない。

 レールのあった場所は駐車場に変わってしまいました。

 これは手動分岐器。今の時代、レールの切替は信号に合わせ、自動でやってくれますが、昔はどのレールに入線させるかレバーを引いていました。広尾駅は終着駅。今の駐車場を見て判断できるとおり、昔は構内にレールをたくさん敷いていたかも知れない。今はなき山口県の美祢線大嶺駅も昔は石炭を積むためのレールを何本も敷いていました。駅舎の中にうどん屋もあったほど栄えていたらしい。閉山後は急激に人口が減り、支線は廃線に追いやられてしまいました。

 ここでも臨時改札口。今はなき江差駅もメインの改札口の横にもう1つありました。島根県の大社駅(平成2年廃駅)も、木製ラッチがずらり。せっかく立派な設備を作っているのに、クルマが普及し、人に見捨てられるとこんな運命に・・・。

 なんと!到着時刻表が廃線当時のまま残されていました。

 改札口の真上。

 駅舎をそのまま広尾線鉄道記念館に生まれ変わっているので、駅長室や駅務室の跡地に往年の資料がたくさん展示されています。

 民営化前は「北海道・広尾」の消印なのに、今は「帯広」。

 広尾線の歴史コーナー。広尾駅開業は昭和7(1932)年。現在の動労基準法第5条「使用者は、暴行、脅迫、監禁その他精神又は身体の自由を不当に拘束する手段によって、労働者の意思に反して労働を強制してはならない」が出来る前なので、囚人を使って、食事もろくに与えず過酷な環境で長時間も労働をさせていました。特に有名なのは現在も使われているJR石北本線の常紋トンネル。国鉄時代からあそこを通るたびに人影が見えたなど幽霊話が相次いでいました。昭和43(1968)年の十勝沖地震で壁面が損傷し、中から立ったままの人骨が何体か発見されました。そのため、金華駅の近くに常紋トンネル殉職者追悼碑が建っています。

 広尾駅発行の常備補充券。運賃を調べ、手書きで発行。わが故郷の小さな駅も有人駅だったころも同じようなものがありました。ほぼ100キロ以内の近距離ならあらかじめ運賃が印刷された硬券、遠いところは手書き。博多、広島市内、大阪市内、東京都区内などの主要駅はあらかじめ運賃表に載っているので、計算しなくてもいいが、変な駅行きは手作業で計算するのでかなり大変。

 1番上は指定席の常備補充券。みどりの窓口のある駅まで電話をして、指定席を確保したと応答があれば、手書きで座席番号を記入。C席をE席と聞き間違えないようにCはCHINAのチャイナ席、Eはイングランド席と発音していたようです。

 廃駅直前の時刻表もそのまま保管。広尾線は1日6本っ!!でした。現在も広尾線が十勝バスに引継ぎ、時刻表を見ると1日14本以上も出ているので、昔に比べると少しは便利になったかな。学校が休みになる土日祝は4本減り、10本運行。

 南からは広尾線で帯広、そこから北に向けての士幌線も初めて聞きました。これも廃線になってしまいました。
 広尾駅の話はまだまだ続きます。

旧國鐵広尾線の終着駅、広尾駅はバスターミナル

2015-01-28 00:42:36 | 2014小幌・日高本線・幾寅
 旧字体の「國鐵」の文字を使うきっかけは、國鐵廣島支社。JR西日本広島支社のことを調べようと思っても、広島は「國鐵廣島」と言われるほど、旧国鉄車両の宝庫だとかよく書かれていますしね・・・。。JRに変わってから28年目で大きな転換を迎えようとしています。広島地区の山陽本線に新型227系が今年の3月から導入されます。しかし、運用範囲は糸崎から岩国間(※)なので、下関はなかなか来ない。依然、岩国から下関間は、國鐵のままなんです!!広島で227系の運用が定着するようになってから、そのうち下関にやってくるでしょう。どうせ山口県の田舎は後回しにされっぱなしですが・・・。 
 岩国は山口県の最東端、広島都市圏のアーバンネットワークの範囲なので、岩国から下関は見捨てられた感じです。JR九州も以前までは411系が関門トンネルを潜って、小郡(現在は新山口)まで直通。JR九州が西日本に車両を乗り入れてきた際に発生する車両使用料を西日本から九州に相互乗り入れで相殺。山陽本線は直流なので、交流の九州には乗り入れることは不可。その代り、山陰本線のディーゼルカーを小倉まで乗り入れ。ところが、下関-新山口間68.9キロに対し、下関-小倉間11.8キロ。トータル的に九州が損するので、相互乗り入れはやめようということになり、現在は下関でしっかり線引きしています。同じJRグループなんだから、乗客の利便性を考え、損得計算せずお互い融通し合えばよろしいっ!!(東海道・山陽新幹線も、JR東海と西日本の車両が相互乗り入れ。見分け方は、ドア下付近にあるJRマークがオレンジ色なら東海車両、青は西日本。山陽新幹線・九州新幹線はJR西日本と九州が相互乗り入れなので、九州が東京に行くことはないです。東海も鹿児島中央に行くこともない。まもなく開通する北陸新幹線も、JR東日本と西日本が相互乗り入れ)

 広尾駅到着っ!!旧広尾線で使われた駅舎をそのままバスターミナルに変わってしまいました。広尾線の終着駅です。

 28年前だと、駅舎の向こう側にキハ22やキハ40が停車。

 広尾駅遠望。9月26日とはいえ、気温は24度くらい。寒くも暑くもなく、ちょうどよい気候。アクティブな友人は「今から郵便局に行ってまいりますっ!!」事前リサーチしたところ、広尾駅から郵便局までの距離は1キロ。うちなーんちゅ(沖縄人)はとにかく歩くのが嫌い。どんなに近くても車で移動。1キロもあれば、クルマがないと難儀すると言っているくらい。1キロ先でも、すぐタクシー!なんですよ!だからよー、那覇市の中心部の渋滞は日常茶飯事。みんな歩かず、いっせいにクルマに乗るからだ。
青ヶ島も、琉球文化が伝播・・・というより、八丈島は沖縄の北大東島、南大東島とつながりがあるようです。青ヶ島人も、近くに用事があるだけでも歩くのが面倒くさいからとクルマ!だったような??健康を考えている島民は、集落内での用事は基本徒歩。面倒くさいと思っているのはクルマ。2つに分かれているようです。ワタシ?まあ、3、400mでもクルマかな??歩いて行けっつーの!と自分に言い聞かせていますが・・・。
 友人は「1キロなんて近いよ」って言っていますが、私から見れば遠いなと思っているのか、駅の中でまったり。

 この写真は友人からもらったものです。えりもから43キロ。ここまでバスで来たばかり、これから帯広に行くのに84キロも路線バスの旅。運転手さんも大変だろうな・・・。

 県道、都道、府道、ここは道道。道民は、「道道(どーどー)」でも違和感がないけど、内地から見ると「道が2個もくっ付けている」という感覚になります。

 私は郵便局まで行っていないので、友人撮影。広尾郵便局です。ここは広尾郡広尾町なので、大きくて貫禄のある郵便局でした。引き受けた郵便物は80キロ先の帯広まで搬送されます。ここのポストに投函すると「帯広」の消印になります。

 広尾も、海に面しているところなので、風景印も雄大な十勝港に船、貝。帯広も含む十勝の湾港として、小麦・じゃがいもなどの農作物を首都圏などへ大型の船に積まれるようです。地図を見ても、帯広は内陸部にあり、太平洋側を見てもあれほど大きな湾港を抱えているところはあまりありません。広尾の十勝港が唯一の窓口。
 この風景印が押されたハガキの裏面に「何よりうれしいのは一緒に行く仲間がいること」と書かれていました。そりゃ、秘境が好きだとか、辺鄙なところに行くのが趣味だという人は非常に少ないですしね・・・。私も趣味の合う友人がいて、思いがけないハプニングに直面しても修正してくれるし、助かる一方です。(笑)
 海外で最も変な秘境といえば、京義線の終着駅、新炭里(しんたんり)駅。もう10年以上前かな。マイレージマイルが貯まっているからと、直前になってソウル行き往復を思わずポチッとしてしまった以上、あとは引けない。(金曜日から日曜日の週末3日間を利用)思いつくまま行き当たりバッタリで北朝鮮に近い新炭里駅到着~!!両国がビリビリ対峙するところだと思えないほど、ひなびたところでした。駅舎も、昭和の雰囲気があって味があってよい。今もあの頃と同じように行動できるかと聞かれても、ムリムリ!!「若気の至り」という言葉があるとおり、いきなりの思い付きで無茶な行動を仕出かしても平然とか。そういえば、過去に1度、「そうだ!あおがしま!!」といきなりの思い付きで勤務終了後、「かめりあ丸」乗船。反対側の八重根漁港にタクシーで移動し、上陸したら、なかなか帰れなくなるという怖じ気は全然感じず、ふらふらと還住丸乗船。(還住丸も欠航が多いのに、あの頃はよく調べもせずよく乗れたなと我ながら感心)青ヶ島に着いたのはいいけれど・・・宿の予約をしていないため、どこも門前払い~!というハプニング。人情厚い青ヶ島人なので、なんとか救われました。ずっと昔の思い出です。
 今?「若気の至り」はすでに卒業。慎重に調べては調べて・・・事前に予約したり計画プラン作成するようになりました。
 青ヶ島に芸能人がたくさんやってきてサバイバルするテレビに影響なのか、好奇心旺盛な若者が青ヶ島に上陸するようになり、帰りのヘリコプターの予約を抑えておかないとなかなか帰れなくなる場合もありますと、村役場が夏の間、注意喚起していた時期もありました。
 広尾駅の話は長くなりそうです。今日はこの辺で・・。広尾の話だというのに、山口県のJR九州や青ヶ島に脱線。(笑)

広尾行きバス

2015-01-25 00:49:15 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 様似から広尾までのバスは1日2本。まだ明るいのに、広尾行きの最終バスが来ましたっ!!ということは、様似からここまで来たバスは始発。1日2本という極端に少ないところだというのに、様似からえりも岬、えりも岬から広尾といったように観光客にとっては都合のよいダイヤが組み込まれているようです。観光客よりも、地元の足を優先にして欲しい。

 広尾といえば・・・東京都港区にあり、地下鉄日比谷線の広尾駅もあります。伊豆諸島・小笠原で急患者が出た場合、ヘリコプターで都立広尾病院へ運ばれます。千葉県鴨川市の鴨川亀田病院も対応。港区の広尾は大都会だけど、北海道の広尾は、のんびりできそうなところでした。バス停では、4人のお客さん。うち1人は自転車を抱えていました。広尾まで漕いでいくのは面倒くさいからバスでキセルってことかいな?(自分の足で漕いで行くのではなく、バスに運んでもらう不正を意味します)運転手さんに「自転車を乗せても大丈夫ですか?」と確認すると、「はい」と頷き。もし、乗客もまばらだし、自転車でもオッケーかも知れません。バス会社により、手回り料金を徴収するところもあるみたいなので、確認してみるとよいでしょう。


 北海道らしく、のどかな風景ばかり続きます。

 まもなく広尾でーす!!えりも岬から国道336号線で北上。広尾まではJR北海道バス。広尾からは十勝バスに乗り換え。旧広尾線が走っていた区間はJR北海道バスになるはずなのに、なぜか地元の十勝バスに引継ぎ。様似から広尾まで國鐵がレールを敷設する計画があったため、JR北海道バスが引継ぎ。まだまだ道中は長いです。

えりも岬

2015-01-23 00:11:14 | 2014小幌・日高本線・幾寅

 えりも岬にあった、郵便ポスト。ここで投函すると、「苫小牧」の消印になります。民営化される前は「北海道・様似」(旧集配局)かな。昔の旧集配局体制のほうがよかった。地元地名の消印なので、今みたいに極端に遠いところの地名で押されることはないです。
 わが故郷の旧豊北町内も、滝部、矢玉、特牛(こっとい)、角島、阿川、粟野の消印なのに、現在は一括で「下関」。粟野を過ぎて、安部晋太郎総理のゆかりの地、旧大津郡油谷町。昔は「山口・油谷」の消印なのに、今は「長門」(ながと)。

 強風を体験する施設です。最大風速25mの風が出てきます。まともに呼吸できず息苦しくなり、風の出てないエリアに避難。25mはかなりすさまじいですっ!!

 友人は、えりも岬ももっと奥の岬まで散策。その間の私はお土産屋さんを物色。

 北海道のカニといえば・・・稚内!というイメージがありますが、えりも岬でも獲れるそうです。紅ズワイ3尾セットで5万7千ウォーン!!
 (100ウォン=10円で計算)

 バカでかい2枚貝ですよっ!!

 活きタラバ。ここで買っても、まだまだ道中は長い。これはクルマで来た観光客向けに販売かな。

 恐怖のバフンウニ。北海道はなぜかバカでかすぎる!!
 今度は、広尾行のバスでーす!!えりも岬から帯広方面に出ると、日高支庁から十勝支庁に変わります。日高支庁管内は苫小牧郵便局、十勝支庁管内は帯広郵便局。続きはまだまだ長いです・・・。

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