カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

名刺は相手を愚弄するか?

2018-09-22 | 境界線

 愚行録って映画を観てたら、渡した名刺の上に水滴滴る生ビールのジョッキを載せても、そのことに気づかないまま話に熱中する男の場面があった。名刺を渡した記者は、そのことに気づきながら、その男自体に嫌悪を抱いている様子ながら、取材なので静かに話は聞いているのだった。
 映画としては、なかなかいい演出だと思う。相手の性格も分かるし、そんな人間を好きになれるわけがない。しかし、そういう生き方をしている人でも、社会的にも成功者になったりする。社会というのは不条理なのだ。
 ところで名刺の扱いには、確かにうるさい人がそれなりにいるようだ。宴会の席で名刺交換をしていて、ある人が名刺の裏に何か書き込んでいた。それを見ていた人が、激しく叱責しているのを見たことがある。その人の分身である名刺をそのように扱うことは大変に失礼だ、という事らしい。そういう宗教でもあるのかな。
 名刺をもらったその場でするのかどうかは分からないが、もらった名刺にその時のエピソードなどを書き込んでおくことを進めているビジネス書を読んだことがある。そうすると相手のことを忘れにくくなって良いという事だったと思う。実践したことは無いが、まあ、そうかもしれない。
 名刺に何か書き込んで、それを渡すという人はいる。それは自分の名刺だから、それでいい。中には人の名刺にいろいろ書いてくれる人もいた。要するに紙なので、メモにも使える訳だ。
 以前仕事で挨拶に行った折に、担当の人が名刺を持っていなかった。うちの会社はケチで経費で落ちないので名刺が無い、と言っていた。へえ、と思ったが、会社の信用よりその人の信用が今一つ、という印象をもった。ただ名刺が無いと言われたところで、特に気にしないだろうに。
 営業の人で、何度も名刺をくれる人がいる。どういう理由かは分からないけど、一日に何枚配るか、何か目標にでもしているのではないか、と考えたりした。逆に営業に来たら、必ず名刺をくれという人もいた。実際に会社などを訪問したかどうかの、証拠物件にでもなるんだろうか。大変な上司を持ったもんだな。
 青年会議所時代には、名刺に写真がついている人が多かった。これは確かに便利だった。たくさんの人と名刺を交換すると、分からなくなる場合はある。写真だと名前より思い出せる。しかしながらそのまま会社などの名刺に写真を使っている人というのは、あんがい少ない。お金の問題もあるかもしれないけど、何か文化の違いがあるんだろうか。良いと思っていたはずの僕だって、自分の名刺は写真付では無い。どうしてだろう。
 やたらに凝った名刺をもらうことがある。サイズが極端に違ったり、分厚かったり、いろいろ書いてあったりする。やっぱりそういう方針というか信念というか、考え方があるんだろう。ふーんとは思うが、だからその名刺についていろいろ説明を受けても、特に感心したことは無い気もする。でもまあ少数派ではあるようで、一定の目立ち効果はあるかもしれない。もちろん感心してないから、マネもしないが。
 名刺の扱いなんて、たいして重要では無い、と書こうと思って思い出したが、名刺を渡した相手が、そのままテーブルの上に僕の名刺を忘れて帰ってしまったことがある。別に怒りはしないが、確かにそれとなく悲しい気分にはなったな。まあ、おっちょこちょいな人なのかもしれなかったが、そういえば仕事にはつながらなかった。別に怒ってたわけじゃないけが、そういうものかもしれません。最低限は気を付けましょう。
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