カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

苦しい人生を楽しく生きる   ゲゲゲの家計簿

2018-09-03 | 読書

ゲゲゲの家計簿/水木しげる著(小学館)

 水木さんの結婚前、神戸で部屋貸をしながら紙芝居を描いていた。描いても描いても暮らしは楽にならない。むしろ時代の波でそれらは廃れていく文化となりつつある。出版社(というか個人業者)は潰れ、食っていけないので東京にのぼる。貸本時代になってもなかなか厳しさは変わらない。家計はゼロになり、質屋通いで食いつなぐ、きょうだい家族もやってきて共同生活もしているし、出費は抑えられない。結婚もしてしまう。子供もできる。貧乏生活極まるという日常が続いていくのである。
 普通の人達なら、これは大変に暗い話である。貧乏や貧困というのは、人間にとって一番つらい諸悪の根源であると言われている。犯罪の一番の原因は、貧困であるとも言われる。そのようなつらい物語は、だからこれまでもごまんと語られてきたはずである。そうであるはずだが、水木さんの場合は、これらとはかなり違う。同じ貧困とは思われない明るさがある。普通なら怒りに震えて他の人や物に当たり散らかしてもおかしくない状況にありながら(時には激しく怒ってはいるものの)、それでもなんとなく明るく食いしばって頑張っているのである。悪く言えば緊迫感が無いようにも見えて(いや、切迫はしているので激しく努力はしている)、ほのぼのとさえしている感じだ。困ってはいるが、絵を描くより無い。戦争で片手を失い、就職しようにも採用してくれるようなところは無いだろうと思っている。質屋通いや借金はするが、人を頼っていない。困りながらもコーヒーを飲み、まんじゅうを食べ、腐りかけたバナナを旨いと言って食う。新しいものを買って、そうして質に入れる。いつかは必ず売れると、そうして量を描いて少しでも金にしようとする。しかし相手も苦しくて、現金はくれず手形を出してきて、ついには不渡りまで出してしまう。もう散々な目にあって、それでも腐ることが無い。
 水木さんは酒を飲めないらしいのだが、それもいいのかもしれない。貧乏物語に付きものの、人間関係のいがみ合いがほとんどないのである。奥さんも困っているが、水木さんが歯を食いしばって漫画を描く姿をみて、その顔が面白いといって笑うのである。その話を聞いて、水木さんも一緒に笑う。苦しい生活ながら、戦争で生き残って、生命を謳歌しているのである。決して美しく描かれてはいないけれど、これほど美しい話は無いのではないか。水木さんの漫画も素晴らしいのだが、彼らのような人間がいることが、生きていることの素晴らしさではないだろうか。
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