カワセミ側溝から(旧続・中岳龍頭望)

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

私は母になっている(実はそれっぽくは無いが)   太宰治の辞書

2018-08-12 | 読書

太宰治の辞書/北村薫著(創元推理文庫)

 円紫さんシリーズという事でずっと紹介してきたが、今回はやっぱり「私」シリーズとすべきかもしれない。結局名前が明かされない「私」が中学生の息子を持つ編集者の中堅として現れる。もう女子大生シリーズですらないし、匿名作家シリーズでもない。前後談を含めた随筆と、恐らく関連のある短編も共におさめられている。
 小説は作品がすべてだ、という言葉もあるのだが、作者がどういう考えをしていたかとか、その生活ぶりなどが作品の内容を深める場合というのはあるように感じる。実際にそういう読み方で、深く内容を知る場合がある。この謎ときはまさにそのような深い読み方の指南書のようなところがある。というか、実際にこのように読んだという、恐らく作家の姿があって、そうしてこしらえられた作品がこの小説の筈なのである。物語の流れのようなものは、小説の構成でなされているのだろうけれど、だからこそ、本を読んだり調べたりしたことは、恐らく事実として描かれているはずだという事が読んでいてわかる。そうしてその一冊だけでは分かりえない、深い読書体験をすることになる。普通はこんな読書はとてもできないのだが、編集者として仕事をしている主人公の私は、公私混同を交えながら、本当に深いところまで謎解きとしての読書にのめり込んでいく。またそこに関わる人々も、みな優秀にその推理の手助けをしてくれるのである。いわゆるそれらし過ぎてうますぎるんじゃないかと思われることが、かえって欠点にさえ見えてしまうような見事さである。
 ちょうどこの本を読んでいる時に、津軽に研修に行っていた。驚くべき符合。いや、そういう風に自分で選んだのだろうか。そうして太宰治の生家を見学して、この小説を思い出していた。金持ちで我がままで自分だけがかわいい太宰は、もの凄く贅沢な環境の中で、恐らく甘えて育ったのかもしれない。これほどの自意識過剰人間が、安易に生まれてくることは無いのではないか。しかしいくら金持ちとはいえ、太宰には11人のきょうだいがいる。そうしていくら立派な家でも、多くの使用人を交えての忙しい日常があったのではないか。6男で10番目の太宰は、そういう中で実はさびしかったのではないか。そんなことを思ったりした。
 付録的についている短編で、円紫さんらしい人が出てくる。おおよそ子供っぽくないところもあるが、名探偵登場である。ずいぶんお得で、しかし今後があるのか分からない、寂しい気持ちのする最新刊ではないか。
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