カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

ダークだったクリーン・ディーゼル

2015-09-29 | 時事

 米国での独VW社の排ガス不正ソフト問題。
 既に様々報道があって、概略は省略するが、まったくひどい不正であるという前提はあるにせよ、しかしこれは、知っている人は普通に知っていた話だったのだという。だからVW社は、不正に対してそれほどの罪悪感がそもそもは無かったと考えられている。
 どういうことかというと、そもそもディーゼル車の排ガスというのは、そんなに簡単に無害化出来っこない、ということかもしれない。
 でも有害だとやはり売れない。経済的な合理性を考えて、ガソリン価格より軽油が安いことが明確なのだから、それを有効利用することの方が、そもそもの賢い選択だ。大型のトラックなどを除くと、ふだんの移動は小さい車で十分で、その各々の車体から出る排ガスが多少の基準値をクリアしさえすれば、個人、特にヨーロッパ人のニーズにはガソリンよりはるかに強い嗜好で、軽油車に優位性があったのである。
 だから同じく中国でも、VW社は圧倒的にシェアを伸ばした。中国の工場の排ガスも凄いらしいが、都市部のスモッグの多くは、やはり車の排ガスの影響が大きいと言われている。同じくヨーロッパの都市でも、スモッグ問題は度々取り上げられている。
 皆本当は知っていたはずなのだが、米国や日本に比べてこれらの都市のスモッグの状態が悪いのは、恐らくドイツなどをはじめとする、ディーゼル・エンジン車の数の違いであることは、明確だったはずなのだ。言葉の上では、クリーン・ディーゼルの技術の進んだ国の現象であると謳うジャーナリズムの宣伝はあったのだが、事実ヨーロッパの都市部の大気の状態は芳しくない。日本や米国の経済優先(に見える)政策は散々批判の対象にしていたくせに、自らの不正には寛大な土壌が、彼らの常識に刷り込まれていた可能性は高いと考えられる。
 僕はこれまでにも度々そういうことを言ってきたのだが、かえってくる答えというのはたいてい、それは金持ちの論理、ということにすり替えられることが多かった。要するに米国や日本というのは、お金持ちだからガソリンを潤沢に使うことが出来るという理屈だ。
 実は国などの税金の在り方もあるんだろうけれど、ヨーロッパなどではガソリン小売がリッター200円を超えるところも珍しくない。消費者を守るという観点からすると、ドイツの戦略は誤っていないということらしい。
 でもそれは、つまるところエコへの欺瞞に過ぎないと思うが、まあ、だからクリーン・ディーゼルの技術力の違いだとかいう話にまた飛んでしまう。一人が静かに乗る分にはそれほどの影響はないが、しかし坂道とか高速とか家族が乗る場合は無視した数値を使ってエコだとする方便を使ってまでも、言い通すべき理屈なんだろうか。日本のガソリン効率を上げる技術や、ハイブリットなどと対抗できないことを隠し通してきたツケが、回ってきたということに過ぎないのではないか。
 実はこれらのエネルギーの問題は、発電やいま議論がかまびすしい国家の安全保障問題とも絡んでいるが、話が飛びすぎるので割愛する。少なくともこの問題が、VW社のみで終わることとは、僕には到底思えないだけのことである。
コメント
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