カワセミ側溝から

好きな言葉は「のこのこ」。好きなラジオ中継「相撲」。ちょっと苦手「煮た南瓜」。影響受けやすいけど、すぐ忘れます。

軍歌を歌う女にご用心   畳/林芙美子、獅子文六、山川方夫著

2015-09-07 | 読書

畳/林芙美子、獅子文六、山川方夫著(ポプラ社)

 短編が三つ、組まれている。目当ては山川方夫の「軍歌歌謡集」というお話。これは筒井康隆がある文章で紹介していて気になって買ってしまったのである。文集にも入っているが、こちらが安価だったので。ちなみに林の短編は貧乏な作家の生活の断片。桜肉(馬肉)が当時は安かったのかという変な話だ。獅子の短編は、結婚式もしないという若者カップルの親に頼まれて、個人的に自分の考えた式をする話。ちょっと微笑ましい。
 さて「軍歌歌謡集」である。友人の部屋に転がり込んで酒を飲んで暮らしている学生の話で、その下宿だかアパートの下を夜になると軍歌を歌って歩く女が通る。毎夜のことで気になるが、ついにいたずら心も働いて、窓を開けて明かりを当てて、その女を見てしまう、というお話だ。その後いろいろあるが、家主の男の恋愛話と絡んで、妙な展開を見せる。なるほど凄い話を読んでしまったな、という思いがして、さらに山川は4度の芥川賞候補になり一度の直木賞候補にもなり、しかし本格的に作家活動を始めようとしていた矢先に交通事故で亡くなったらしいことも知り、かなり残念な気持ちにもなった。享年34歳。
 女が軍歌を歌いながら通りを歩いているのには理由がある。しかし顔を見てしまったことで、男は女から激しく恨まれることになる。一方家主の男は、女が歌いながら歩いている状況に、そのままその女に恋してしまう。事情があって帰りが遅くなるようになって、女の歌を聞けない状況に置かれるのだが、居候の男に何の軍歌だったかを確認することで、自分の恋心を、愛を確認するような滑稽なことをする。
 あとは興味が出たら読んでみるといい。このお話はNHKでドラマ化されたこともあるという。筒井康隆は、小説の凄みを説明する文章でこの短編を紹介したのだが、この設定も絶妙だし、物語の絡み方や、登場人物たちの心情の変化や物語の展開が、実に予想に反して、しかしこのようにしかなりえないような、不思議な迫力のあるお話になっている。
 僕は田舎に住んでいるので知らないだけなのかもしれないが、道を歩きながら歌を歌うような女というのは、ありそうでちょっと知らない。しかしながらこのようなことになるのであれば、やはり驚かさない程度に顔くらい見てみたくなるというものだろう。そういう興味が、ひょっとすると人生を変えてしまうかもしれないこともあるというのが、小説というものの面白さかもしれない。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする