世の中、好かれる人と嫌われる人というのがいてね。
みんな、どんな人を好きになるかって、結局「自分を心地よくさせてくれる人」なんだよね。
だとしたら「みんなに好かれる人」ってのは「みんなにとって都合のイイ人」っていうだけかもよ。
逆にそれを割り切って演じきることで何らかの利益を得ているのかもしれないし。
それが自然体だってんならいいけど、別に無理してまでみんなに好かれる必要ってないんだよね。
「みんなに嫌われる人」ってのは、それこそ本当に自由な人なのかもしれないよ。
自分の好きなものキライなもの思うところ、それらの一切に遠慮会釈を挟まない。
そのことのメリットが、みんなに嫌われるリスクを上回るというだけ。
で、実はこの2つは対照的なようで、他者から関心を寄せられているという点では共通してるんだよね。
嫌われてはいても孤独とは限らない。
本当の意味で孤独なのは「誰からも何とも思われていない人」じゃなかろうか。
みんなと繋がっているようで、実はそのつながりには熱や温もりがない。必然性もない。
誰かの背景の一部のような人生。
これは寂しい。
まだ自由に生きて嫌われている方がはるかにマシ。
それで僕はいつの頃からか、人に好かれる・嫌われるを本当にまったく気にしなくなっちゃった。
なんせ言わずもがなをいつでもどこでも誰にでもクチにしちゃうので、
嫌われるのが割とデフォというか、気にしたところで追いつかないのよね(笑)。
そしたらメンタルも実に健康になったし、その上で友達でいてくれる人はちゃんと友達でいてくれる。
もう、それで充分なんだよね。
僕にとって友達ってのは、良いときに馴れ合うばかりじゃなくて、
お互いの価値観は尊重した上で、ダメなときにはダメと、
間違っているときには間違っていると直言してくれる存在だよね。
僕も友達にはそうでありたいと思うし。
その点で、僕にはありがたい友達が(多くはないかも知れないけど)充分にいてくれていると感じているから、
別に自分を不自然に歪めてストレス抱えてまで、全員と仲良くしよう・人気者になろうなんて、しなくていいよね。
ノーストレスに優る人生なし。自由こそすべて。