磨き


SIGMA DP3Merrill

大きな画像

昨日の続きだ。
買ったばかりの内羽根式ストレートチップの黒靴を持って、靴磨きの専門店に行った。
ある駅ビルの非常にわかりにくい場所にある小さな工房で、知る人ぞ知るというか、わかっている人だけが密かに行く・・という雰囲気のお店だ。
事の顛末を説明し、本当はピカピカに磨き上げて欲しかったが、残念ながらそうはいかないことを告げた。

お店の人は、結婚式に参列する時の靴を、あえて輝きを抑えるという話は、今まであまり聞いたことが無いという。
しかし、このお店に来るお客さんの多くは、恐らく招待される側なので、今回のような場合は、確かに仕方ないのかもしれない・・という事になった。

当然のことながら、お店にはかなりの靴好きが集まるようで、狭い店内には、仕上がった預かり品の靴がいくつも棚に並んでいる。
料金がそれほど高いわけではなく、定期的に磨きに出す常連客が多いようだ。
お洒落な人は、自慢の靴の輝きが鈍ると、このお店にこっそりと再仕上げに持ってくるのだろう。
見せてもらうと、まるで表面にガラスの膜があるかのように、表皮が滑らかに輝いており、まさに鏡面と呼ぶにふさわしい出来である。

今回の場合、時間をかけて本格的に鏡面仕上げにするスペシャルコースではないので、靴を預からなくても、その場で15分ほどで仕上がるという。
本当は、スペシャルコースを選んで、一週間靴を預けて、ピカピカに磨き上げて欲しかったのだが・・・
もっとも結果的には、そのお陰で靴を磨く工程を目の前でじっくり観察することが出来て、非常に参考になった。

まずは持って行った靴を、実際に足に履くように言われた。
自分の足で履いて、片足ずつ台の上に乗せて磨いてもらうのだ。
いわゆる「靴磨き」の体勢である。
早速新品の靴を箱から出して、それに履き替えて椅子に座り、金属製の台の上に足を乗せた。

一般に「靴の磨き方」として知られている方法は、まずは表面の古いクリーム類を除去し、次に乳化性の靴クリームを全体に塗り込み革に栄養を与え、一度乾拭きする。
そして光らせたい部分である靴のつま先とかかとに固形ワックスを薄く塗り、水で湿らせた柔らかい布で研磨するように擦っていく。
それを何回も繰り返すことで、ワックスを何層にも重ねていき、表面をピカピカに仕上げるのだ。

ところがそのお店の場合は、ワックスは一切使わず、お店が特別に配合して作ったオリジナルのクリームのみで光らせる。
そのため、革の表面の呼吸を妨げないという。
クリームは柔らかいものと硬いものの2種類を使い分け、成分は秘密だという特殊な液体を水の代わりに使用する。
分量は靴の種類に応じて変えるようだが、けっこうな量の液体を、クリームに直接入れて使用していた。

シャツの端切れのような布を、2本の指にギュウギュウに巻きつけて、それで缶からクリームを取り、ゴシゴシと大胆に靴を磨く。
この布を指に巻く儀式は、非常に重要なポイントのようで、時間をかけて慎重に、固くきっちりと巻きつける。
その拘り方を見ると、布の巻き方は靴磨きの基本であることがわかる。

それでクリームを強めに塗り込んでいく。
ワックスのように表面に何層にも重ねていくのではなく、クリームを革に一気に浸透させるので、靴が押されて動くほどの勢いで強く磨いていく。
今回持って行った靴は、ヨーロッパ製のカーフが使われているが、お店の人によると、最初から革の表面にワックスがコートされているという。
それを短時間で除去するのは無理で、今後何回か磨いていくことで、ワックスがはがれてクリームと入れ替わっていくという。

仕上げのから拭きは不要で、クリームを塗り込み終わった時点で、靴は強い輝きを発している。
これで完了です・・と告げられるまで、およそ15分ほどだろうか。
よく磨かれていながらも、不自然さのない有機的な輝きである。
テカテカしておらず、周りの景色がさりげなく表面に映りこんでいる。
靴を預けて本格的に磨いてもらえば、例のガラスのような輝きに仕上げることが出来るが、今回の目的にはこのくらいが理想的であると感じた。

それでも表面の仕上げはなかなかデリケートで、乾いたティッシュで軽く擦ったら、輝きがたちまち曇ってしまった。
番手の高い水ペーパーのように、水分を含ませたきめの細かい布を使用しないと、通用しないレベルの細かさに磨き上げてあるようだ。
今後は水をよく絞った布で、表面を軽く擦ってやる程度のメンテナンスを行い、輝きが薄れてきた頃に、また仕上げに出すというパターンになる。

やはり目の前で実際の作業を観察できたのは大きかった。
早速家に帰り、中途半端になっていた他の靴を磨いてみた。
こちらはクリームのみでの仕上げは無理で、ワックスを使っての作業になるが、今までうまく出せなかった鏡面仕上げに、次々に成功した。
コツを掴むことが出来たようだ。
コメント ( 5 ) | Trackback ( 0 )
« 結婚式の靴 案外充実 »
 
コメント
 
 
 
今日は~ (マイケル)
2013-08-18 12:34:53
お盆の墓参りもすんで、ゆっくりしてます。

私が学生の時は上野駅を降りると高齢の靴磨きの方がちらほら居ましたが30年前なので今は絶滅してるでしょうね(笑)。
各自、光らせる秘伝があって他人には教えないみたいな感じでした。

戦後、暫らく、仕事として成立していたようですが、私は35年生まれで実体験として知らないのでお年寄りに聴いてみたい気もしますね~
ではまた~
 
 
 
Unknown (四季)
2013-08-18 18:00:27
靴磨きは奥が深いですよね。
私はお店に出したことはなく、自前でしか磨いたことは無いですが、文面を拝見していると、やはりお店でプロに仕上げて頂くことで、経験や知識面で得るものが多いと感じました。

革という媒体を元に、色々な拘りが広がっていくのは楽しいですね。
 
 
 
Unknown (COLKID@自分の部屋)
2013-08-18 19:29:56
遅くなりました。

四季さん>
目の前で実際にやってもらうと、得るものも多いです。
ほんの千数百円ですしね。
あと靴磨き教室というのが、あちこちで開かれているようですね。
従兄弟が地元の教室に参加したら、職人さんからけっこう厳しく教えてもらったそうです。

マイケルさん>
たしか最近上野の近辺で靴磨きをしているのを見ました。
私が学生くらいの頃は渋谷にも多かったですね。
たまたま昨日、知り合いが数年前に上野で靴を磨いてもらった話をしていて、驚くほどピカピカになったと言っていました。
 
 
 
Unknown (OT)
2013-08-20 04:17:58
靴なんかどうでもいい、全く興味の無い私に最後まで読ませてしまうCOLKIDさんの文章力が凄い。
というか面白かったです。

靴磨きという職業が東京でまだ生き残っていてしかもプロフェッショナルであるところが。
 
 
 
Unknown (COLKID@会社)
2013-08-20 07:46:53
東京はけっこうこういうものを残すんですよ。
人が多いので需要があるんでしょうね。
あと最近は若者が好んで職人的職業を目指していますね。
いいことです。
 
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。