四谷の家


Z7 + NIKKOR Z 50mm f/1.8 S

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子供の頃、四谷に住んでいた叔父の家でよく過ごした。
小学生の低学年の頃だから、半世紀も前のことである。
当時の事であるから、四谷といっても小さい古い住宅が密集した中の一軒であった。
坂道から脇道にそれて階段を数段上ると、細い路地の奥に数件の家があった。
叔母の兄妹がそれぞれの家に住んでいた。

記憶が不確かで、子供の頃の僕の目の高さから見えた光景を部分的に覚えているだけだ。
坂道に接した石段が三角形に削られて作られていたこと。
手前の家には足元の位置に横長の窓があったこと。
叔父の家の前の小さい庭に柿の木があり、木登りをしたこと。
・・・そういったことが断片的によみがえる。

家の周辺の状況などはまるで覚えていない。
四谷の家と呼んではいたが、四谷の駅からどのように行くかも分からない。
もう叔父も叔母もこの世にはいないし、そこに住んでいた親戚も既にその土地は処分して引っ越してしまった。

身近な人で覚えているとしたら母親くらいだ。
時折話が出るたびに、元気なうちに一度行ってみたいとは言っていた。
恐らく今は全然変わってしまったろうが、僕も昔遊んだ場所だから、もう一度見てみたいとは思っていた。

先日またその家の話になり、わざわざ出かけるのは大変なので、パソコン上の地図で行こうという話になった。
母親をパソコンの横に立たせ、グーグルマップを開いた。
記憶している旧表示の住所を調べると、今でも近い名称である事がわかった。
該当する地域の地図を画面上に表示させた。

確か駅からこっちの方向に歩いていき、いくつめの角を曲がって・・・という具合に進んで行っても、やはりその地域に行き着くことが分かった。
これは意外に上手くいきそうだぞ。
表示をストリートビューに切り替えて進んでいく。
そのうちここではないか・・という坂道をみつけた。

その坂道を進んでいくと、そこに接する細い路地に目が留まった。
路地に沿って数件の住宅が建っている。
さすがに建物はすべて新しく、当時のものは残っていない。
四谷の駅から近い場所であるから、かなり土地の価格が上がり、皆家を建て直したはずだ。

建物はすべて新しいが、その幅1メートルほどの路地にはどこか見覚えがある。
当時のものは残っていないので、なぜそう感じるのか、理由は良く分からない。
恐らく道の広さや角度など、全体から受ける印象の中に、当時の香りが残っているのだろう。
三角形の階段などはもう無くなっていた。
足元に少しだけ見える古いブロック塀が、もしかすると当時のものかもしれない。

しかしそれだけでは本当にその道であるという確信は持てなかった。
何しろすべての建物が変わってしまったので、はっきりとした証拠がないのだ。
そこでその場所からストリートビューの画面で、駅までもう一度道を戻ってみることにした。

坂道を進んでいくと十字路に出た。
傍らに立つ母親が「確か昔はその角に甘納豆屋さんがあったと思う」と言った。
しかしその位置には今はビルが建っている。

ビルの1階は何か店舗のようだが、ストリートビューの撮影が休日だったようで、格子状のシャッターが下りていた。
その格子の部分を拡大してみると、隙間から営業していないお店の内部が少し見えた。
閉まった扉の中に暖簾が見えたので、さらに拡大してみると、お店の名前の横に「甘納豆」という文字が印刷されているのが見えた。

ああ、間違いない。
建物こそ変わったが甘納豆屋さんが今でもある。
これで場所が正しい事が証明された。
母親もビックリしていたが、本当はお年寄りこそこの機能を使って散歩を楽しむべきだと思う。
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