酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「韃靼の馬」~スケールの大きい歴史小説を堪能した

2022-12-02 20:41:26 | 読書
 Wカップの喧噪から距離を置いて日々を過ごしている。先日は西荻窪、荻窪の駅頭で杉並区議選(来年4月)に緑の党公認で立候補するブランシャー明日香さんの街宣デビューに足を運んだ。原発再稼働に反対し、気候危機解決に取り組むブランシャーさんは「ゼロカーボンシティ杉並」共同代表で、カフェを経営している。

 東京新聞HPでは敵基地攻撃能力保持に反対し、陸上自衛隊の長射程化に反対する「武器取引反対ネットワーク(NAJAT)」による抗議運動(製造元の三菱重工前)が動画付きで紹介されていた。参加できなかったが、NAJAT代表で緑の党東京本部共同代表でもある杉原浩司氏が鋭いアピールを送っていた。

 緑の党に入会して世界は一気に広がったが、寄る年波にコロナ禍、脳梗塞での入院で活動は最近、停滞気味だった。視野が狭まりつつある俺だが、辻原登著「韃靼の馬」(上下巻/2011年発表、集英社文庫)に刺激を受ける。朝鮮半島、中国、ロシア、モンゴルを俯瞰で眺めたスケールの大きい小説で、極東地区で暮らす人々の息遣いが行間に滲んでいた。

 辻原の作品は10作以上、紹介してきた。〝読者を蜃気楼に誘う魔物〟、〝当代一のメタフィクションの使い手〟などと絶賛し、想像力の地下茎を紡いで伽藍を築く力業に感嘆してきた。今回紹介する「韃靼の馬」で、辻原の新たな貌を見せつけられる。ページを繰る指が止まらない壮大なエンターテインメントだった。

 物語の起点は江戸幕府が29年ぶりに朝鮮通信使を迎える運びになった1711年(正徳元年)。朝鮮と江戸幕府の仲介役として介在したのが対馬藩で、本作の主人公、阿比留克人は交渉の矢面に立つだけでなく、極秘の任務を負っていた。名分変更や供応簡素化を図る新井白石の意図が混乱の元だったが、バイリンガルの克人の丁寧な対応で事態は辛うじて収拾される。

 克人以外に監察御史の柳成一、克人の親友で表向きは陶工だが諜報活動に従事する李順之、女芸人リョンハンの3人の朝鮮人が重要な登場人物だった。秀吉の朝鮮出兵の影響で、両国はわだかまりを抱えていた。〝こっちの方が上〟というプライドと面子が根底にあったが、本作には両国の文化、風習が互いの敬意を生むものとして詳述されている。辻原が膨大な量の史料をチェックしたことが窺われる。

 克人は李順之を守るため、因縁のある柳成一と剣を交え、殺害後は日朝の交易を支配する唐金屋の助力で朝鮮に渡る。金次東と名前を変え、李順之とともに陶工として平凡に暮らしていた克人の元に、日本から密命がもたらされる。負債を抱えた対馬藩の救済が目的でタイトルの「韃靼の馬」を将軍家に献上することだ。韃靼すなわちタタールの馬は天馬の呼び声高く、入手は不可能とみられていた。

 前稿の「ある男」では谷口大祐と原誠の戸籍交換が起点になっていたが、「韃靼の馬」の主人公は対馬藩士の阿比留克人、朝鮮人の金次東の<一人二生>の人生を送ることになる。柳成一の息子である徐青と克人の恩讐を超えた絆など、圧倒的なスケールと稠密な人間関係に、〝日本文学を代表するストーリーテラー〟であることを再認識させられた。

 克人の妹利根の主観によるプロローグとエピローグが第1部、第2部を包んでいる。兄妹は神代から伝わる阿比留文字の継承者で、交わす文書には重要な意味もあった。辻原の小説の根底に流れているのは切なさと哀しさだ。「韃靼の馬」にも幾つもの愛がシンクロし、柔らかな意識の複合体を形成していた。

 66歳にもなって、10代の頃のようにエキサイティングに読書を楽しむことが出来た。同じく歴史小説である「飛べ麒麟」も機会があれば読んでみたい。
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