酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「夜空はいつでも最高密度の青色だ」~還暦男の心をも揺さぶる恋愛映画

2018-06-07 23:33:01 | 映画、ドラマ
 小島武夫さんが亡くなった。対局姿に接するようになったのはこの10年、主にMONDOTVで、飄々かつ恬淡とした雰囲気と華麗な打ち筋に魅せられた。借金王、そして艶福家……。波瀾万丈の来し方で、温かいオーラと男の色気を身に纏ったのだろう。享年82、〝永遠の放蕩児〟の死を心から悼みたい。

 麻雀シーンが毎回挿入されるドラマといえば「ドクターX~外科医・大門未知子~」だ。俺は第5シリーズ後半から見始めた〝初心者〟だから、GWに一挙に放映された全作品を録画して消化中だ。テーマ曲からマカロニウエスタン、主人公の個性から「木枯し紋次郎」を連想している。「あっしには関わりのないことでござんす」が口癖の紋次郎だが、大門未知子と同じく心はホットだ。

 日本映画チャンネルで「夜空はいつでも最高密度の青色だ」(17年、石井裕也監督)を見た。美香(石橋静河)、慎二(池松壮亮)がW主人公だ。主な舞台は渋谷で、美香は看護師とガールズバーのバーテンダーを掛け持ちしている。左目が見えない慎二は工事現場で働く作業員だ。

 美香いわく「どうでもいい奇跡」が重なって、二人の距離は縮まっていく。原作は同名の最果タヒの詩集で、美香のモノローグが心象風景を映し出し、ちりばめられた光が夜空を彩っている。とりわけ印象的だったフレーズを以下に記す。

 <都会を好きになった瞬間 自殺したようなものだよ 塗った爪の色は 君の内側に探したって 見つかりやしない> 
 <君が可哀想と思っている君自身を誰も愛さない間 君はきっと世界を嫌いでいい そしてだからこそ この星に恋愛なんてものはない>
 <君に会わなくても どこかにいるのだからそれでいい みんながそれで安心してしまう 水のように春のように 君の瞳がどこかにいる 会わなくてもどこかで息をしている 希望や愛や 心臓を鳴らしている>

 瑞々しさに心を濾し取られつつ。俺自身の青春期の湿度と温度を探っていた。現在の20代はどんな風に恋しているのだろう。美香と慎二は、ツールとしてスマホを用いているが、恋愛の進め方はアナログだ。ともに孤独で、自分をヘンテコだと感じている。

 美香にとって母の死がトラウマで、慎二は「死」という言葉に忌避感を抱きつつ、「死」を引き寄せてしまう。〝あらかじめ失われた恋人たち〟は互いの瞳を鏡にして、自分の欠落を見ている。喫煙者は肩身が狭いご時世、美香も慎二もヘビースモーカーという設定は、疎隔感のメタファーかもしれない。

 慎二の仕事仲間は、借金(100万円)の形で研修生として連れてこられたアンドレス(ポール・マグサリン)、彼らフィリピン人に同情するリーダー格の智之(松田龍平)、そして岩下(田中哲司)だ。智之の唐突な死に驚いたが、「舟を編む」で石井とコンビを組んだ松田にとって友情出演だったのだろう。

 存在感が際立っていたのは、ダメ中年を演じた田中哲司だ。腰が悪く、手も痺れてズボンのチャックが閉められない。仲間は自殺まで心配するが、「死んでしまうことを不幸と思うのなら、生きていくことも出来ない」などと詩人風に嘯く。ボロボロな体でデートに駆け出していくシーンは本作のハイライトのひとつだ。

 美香と慎二にはコミュニケーション下手という共通点がある。黙りこくったと思ったら、沈黙を倍返しするように話し始める。二人が初めて微笑みを交わした直後、慎二が「俺に出来ることがあったら」と言うと、美香は「死ねばいいのに」と返す。「死ねと言えば簡単に孤独を手に入れられていた」というモノローグが重なった。

 恋愛とは? 幸せとは? 噛み合わない会話と象徴的なエピソードで、美香と慎二の魂は相寄っていく。見る者はもう一人の主人公に気付くだろう。二人が通り過ぎる渋谷や新宿で演奏するストリートミュージシャン(野嵜好美)の歌声は、不器用な二人を紡ぐキューピッド役を果たしていた。

 抗議の声を上げるわけではないが、美香も慎二も閉塞感と不安を覚え、何らかの形で社会と繋がっていたいと感じている。東京五輪を控えた空虚な喧噪から距離を置く本作は、還暦を過ぎてアンテナが錆び付いた俺の心をも揺さぶる恋愛映画の傑作だった。
 
 石橋の両親は石橋凌と原田美枝子で、表現者としての才能を受け継いでいる。決して美人ではなく、鈍で骨太な感じの23歳に、俺は「青春の門」(1975年)で衝撃を受けた大竹しのぶを重ねていた。年内に主演作が2本公開されるという。飛躍を期待したい。

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