酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「満月の泥枕」~失った者たちの癒やしへの旅

2018-02-26 22:34:11 | 読書
 年度末に向け、将棋界がヒートアップしている。藤井聡太六段は昇段後の初戦(王座戦2次予選)で畠山鎮七段を激戦の末に下した。〝藤井マジック〟に惑わされた感もある畠山だが今期、B1復帰を決めている。畠山は関西奨励会幹事として〝悪童〟糸谷哲郎八段ら若手を育成した。糸谷は来期、A級に昇級するが、弟子の斎藤慎太郎七段とはB1で相まみえる。

 永瀬拓矢七段が渡辺明棋王に挑戦中(1勝1敗)で、NHK杯ではベスト4のうち3人を占めるなど西風が吹いている。関東の孤塁を守った郷田昌隆九段は、糸谷、増田康宏五段、菅井竜也王位とホープを連破してベスト4に進出した。NHK杯MVPというべき活躍である。

 最近の日本、とりわけ政治に欠けている矜持と人情がぎっしり詰まった小説を読了した。道尾俊介の「満月の泥枕」(17年、毎日新聞社刊)である。初めて読む直木賞作家で、〝大ドンデン返し〟が真骨頂という。本作も二転三転、ストーリーは猛スピードで駆け抜ける。映像化される可能性もあり、文庫化されればさらに多くの読者を獲得するだろう。ストーリーの紹介は最小限にとどめたい。

 本作の舞台は東京の下町だ。主人公の凸貝二美男は塗装業に携わっていたが、不注意により、娘りくが4歳を死なせてしまう。人生は暗転し、酒浸りになって妻に逃げられた。借金を返せなくなり、夜逃げしてボロアパートに流れ着いた。兄が死んで引き取った4歳の姪・汐子と暮らすこと4年、アパートには訳あり、いや負け組が雁首を揃えていた。落語でいえば人情長屋の趣だ

 認知症気味の老原のじいさんと奥さんの香苗さん、モノマネ芸人のRYU、理屈っぽい絵描きの能垣、寛大な大家さんのドラ息子である壺ちゃんといった面々だ。俺がシンパシーを覚えたのはもちろん、罪の意識と楽観主義を併せ持つダメ男の二美男だ。

 そこに、二美男が夜逃げした際の運送業者で、浅草(恐らく)で人力車夫の経験もある菜々子が加わり、奇想天外の大作戦が実行に移される。本作の切り口は多々あるが、二美男と汐子の父娘未満、二美男と菜々子の恋未満、菜々子と汐子の母娘未満がキーになっている。登場人物の程良い距離感が心地良い。

 事の発端は酔っぱらった二美男が聞いた〝事件〟の気配だ。三国公園での喧嘩、そして王守池に落ちる音……。友人である剛ノ宮巡査に相談したが、マトモに取り合ってくれない。忘れかけていた頃、汐子の同級生、嶺岡猛流が訪ねてくる。剣道師範で祖父の道陣こそ池に落ちた当人で、行方不明になっているというのだ。

 8歳の猛流と二美男が作戦参謀で、上記の面々が特技を生かして協力する。実行の場は三社祭をモデルにした三国祭りだ。練り歩く龍神の背に乗る飛猿が投げる宝珠をゲットすれば運を掴めるとされ、群衆が殺到する。前回の祭りで〝玉女〟になった菜々子もNHKのニュースで紹介された。

 本作のヤマ場は二つある。中盤の三国祭りでの大作戦は、荒唐無稽なのにリアリティーを損なわない。騒動のさなか驚愕の事実が明らかになり、後半に繋がる。廃坑になった鉱山、正体不明の敵との追跡劇は濃密かつエキサイティングで、アメリカのエンターテインメントを彷彿させる。ホラー、ミステリー、サスペンスで評価を得てきた道尾の筆力に感嘆した。

 子供の描き方が秀逸で、冴子と猛流は時に直感で、大人たちの先を行くケースもある。昭和の薫りが色濃いが、スマホが大活躍する。アナログ(人情)とデジタル(情報)が両軸になって物語は進む。最大のテーマは、大切な人や夢を失った者たちの癒やしへの旅だ。

 俺にとって大ドンデン返しは事件解決後にあった。二美男が誰かに会うという。俺は二人の顔を思い浮かべたが、別の人間だった。そこで語られる真実に、織り込まれた伏線がクリアになり、タイトル「満月の泥枕」の意味も明らかになる。空に輝く満月と、それを写す泥池……。作者の人間への深い洞察に感銘を覚えるラストだった。
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