酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

正義と悪、愛と憎しみの狭間に聳える「オマールの壁」

2016-05-02 02:42:33 | 映画、ドラマ
 キタサンブラックが天皇賞を制した。武豊の戦略と技術によるところは大きいが、持っている人たちのパワーを改めて思い知らされた。不断の努力に下支えされていることは言うまでもないが、北島三郎オーナーと武豊はまさに〝最強運コンビ〟である。日本人騎手が掲示板独占と、京都競馬場は20世紀にタイムスリップしたかのようだった。

 尊敬する知人である杉原浩司さんは武器輸出反対ネットワーク(NAJAT)代表として奮闘している。NAJATは先日、豪州潜水艦商戦における日本敗北について声明を発表したが、興味深い視点も示されている。

 <中国の影>を強調し、<オールジャパンで武器輸出を推進すべき>と安倍政権を叱咤する報道もあったが、NAJATは豪州のNGO(戦争防止医療従事者協会)の声を紹介していた。<日本から潜水艦を調達することは、日本が長年守ってきた武器輸出禁止の原則を破り、新たな軍産複合体の台頭を助長しかねません>との危惧である。NAJATは日本以上に武器輸出に前のめりのフランスの市民に対しても、連帯を呼び掛けるという。反戦、反武器輸出を掲げるグローバルな潮流が生まれることを期待している。

 杉原さんは時に、ワンマンアーミーとして敵地に乗り込む。当人に「任侠映画の鶴田浩二や高倉健みたいですね」と言ったら苦笑していたが、都内で先日開催された「防衛装備シンポジウム」にも単身赴き、鋭く切り込んだ。標的は武器輸出のキーマン、防衛装備庁装備政策部長のH氏で、世界最先端の情報収集力を誇るイスラエルとの連携を推進している。

 内外のリベラル、左派にとり、イスラエルはアメリカを後ろ盾にした〝絶対的ヒール〟といえる。H氏はガザ無差別空爆を〝精華〟と称えているが、その前年(2013年)に公開された「オマールの壁」(ハニ・アブ・サハド監督、パレスチナ)を角川シネマ新宿で見た。キャパは小さいがソールドアウトの盛況である。日本公開までの3年のタイムラグは気になるが、世界の映画祭で幾つもの栄誉に輝いた作品である。

 主人公のオマール(アダム・バクリ)は、ヨルダン川西岸にイスラエルが建設した壁を越える。オマール、タレク、アムジャドの3人は幼なじみで、イスラエルへの抵抗に向けた作戦会議に参加するためだが、頻繁にタレク宅を訪ねるオマールにはもう一つの目的があった。魅力的なタレクの妹ナディア(リーム・リューバニ)に会うことである。

 多くの男性諸氏には、思い当たる節があるだろう。青春期、友人宅を訪れるうち、姉や妹にときめきを覚える。そして、友人を利用しているかような罪悪感に苛まれるのだ。しかも、恋敵はアムジャドだから、恋と友情の狭間で悩むことになる。太宰治風にいえば、オマールは<恋と革命に生きる男>だ。ナディアと結婚を誓ったオマールだが、愛が足枷になり、人生は暗転していく。

 友情に楔を打ったのは秘密警察のラミで、検問所襲撃で懲役90年を言い渡されたオマールの心に忍び寄っていく。ラミの毒はオマールだけではなく、他の同志にも回っていた。ハイテクの諜報活動で世界をリードするイスラエルだが、互いを疑心暗鬼に陥れ、敵対組織を自滅させていくという古典的な手段にも長けている。

 冒頭で軽々と壁をよじ登ったオマールだったが、2年の月日で<恋と革命への夢>は潰えた。ラスト近くでは、他人の協力がないと越えられなくなっていた。本作には肝ゼリフがある。タレクはオマールとアムジャドに「猿を捕まえるためには」と問う。答えは「砂糖による餌付け」だったが、この謎かけは物語の背景に通じていた。イスラエル人、とりわけラミにとってパレスチナ人は猿であり、砂糖を与えたらたやすく操れる存在と映っている。衝撃のラストで、オマールの心の中の壁は崩れた。

 友情と裏切り、煌めく恋と惑い、大義に生き、そして死ぬこと……。日常的にイスラエルの暴力に晒されるパレスチナの若者の日常が伝わってくる本作は、普遍かつ不変のテーマを追求し、神話の領域に到達している。<パレスチナ=正義、イスラエル=巨悪>という図式に縛られず観賞すべき作品だ。
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