酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

「悪人に平穏なし」~スペイン版<3・11>の背後に伸びた影

2013-02-13 21:03:31 | 映画、ドラマ
 あと1カ月で<3・11>から2年になる。アベノミクスの狂奔も被災地に届かず、復興特需は去りつつあるという。復興庁の位置付けもいまだ曖昧で、個々の思いと別に行政の機能不全が問われている。福島原発周辺では過疎化が進み、小中学校の廃校が続出しそうだ。

 原発事故関連のニュースを枕としてブログに記してきたが、最近はやり過ごすことが増えた。被災地への思いを忘れ、安逸をむさぼる俺は、人ではなく獣と同類だ。権力者を何より喜ばせるのが忘却と無関心であることを肝に銘じたい。

 スペイン人にも忘れられない<3・11>がある。04年3月11日、首都マドリードで起きた列車爆破事件で、191人が犠牲になり、2000人以上が重軽傷を負った。分離独立を求める「バスク祖国と自由」(ETA)による犯行と当局は発表したが、その後は二転三転。スペインのイラク戦争協力に抗議するアルカイダの関与が定説になっている。

 前稿に記したように、ここ数日は風邪で体調が最悪だったが、ネット予約していたので、渋谷で「悪人に平穏なし」(11年、スペイン/エンリケ・ウルビス監督)を見た。スペイン版<3・11>に至る数日を独自の視点で抉った作品で、ゴヤ賞の主要部門を独占した。ウルビス監督らスタッフは、被害者や遺族の感情に配慮して製作を進めたという。

 難解という評もあり、葛根湯ドリンクと眠々打破を飲んで観賞したが、冒頭でいきなりハイテンションになる。主人公のサントス刑事(ホセ・コロナド)が酒場で3人を殺してしまい、いきなり「その男の衝動は、正義か邪心か――。」というキャッチコピーの出番ときた。サントスは特殊部隊に選抜されるなどエース級の警官だったが、ある事件をきっかけに信頼を失い、現在は失踪者の捜索を担当している。孤独で荒廃したサントスの心象風景が巧みに描かれていた。

 予告編やチラシでは、3人殺害は酔った上での衝動的振る舞いとされている。証拠隠滅を謀るサントスは悪徳刑事というしかないが、熱に浮かされた俺の脳裏に別の貌が浮かんだ。敏腕デカとして麻薬組織やテロリストと向き合っていた頃の直感、トラウマ、デジャヴ、贖罪の意識……。それらがいきなりショートして甦ったのではないか。サントスが殺した男2人は平凡な市民ではなく、列車爆破事件に関わっていた。

 公開直後の作品であり、いずれDVD等でご覧になる方も多いはずだ。興趣を削ぎたくないので、主に本作の背景を記したい。俯瞰の目で見ないと、肝に迫るのは難しいと考えるからだ。

 すべてを吸収し撹拌する巨大な坩堝というのが、スペインに抱くイメージだ。バスクのみならず、マドリード、カタロニア、アンダルシアの地域対立は根が深い。規律と自由、カトリックと社会主義といった相容れない価値観は、今日も様々な局面で角突き合わせている。ユーロ危機で国家破綻が憂慮されたこともあり、スペイン人は怠け者と見る向きも多いが、生産性で独仏に匹敵する優良企業はかなりの数に上るという。本作にも勤勉なスペイン人が登場する。

 相反するイスラム教への反応も興味深い。イスラム統治を屈辱と考える者は、モロッコからの移民に対し差別的に振る舞う。そのことがイスラム原理主義者の反発を呼び、爆破事件の要因になったとみる識者もいる。一方で、イスラム時代は後のカトリック支配より遥かに寛容だったと評価する声もある。

 本題に戻るが、後半になってようやく、時間が大きな意味を持っていることに気付いた。「3月7日に、あなたは何をしていたのか」という問いは、<3・11>へのカウントダウンの意味がこもっている。サントスは身を賭して濃い影の実態に迫る。サントスを追う警察は終着点を見誤り、悲劇のスイッチを止めることはできなかった。

 本作のタイトル「悪人に平穏なし」は聖句(旧約聖書)から採られている。監督のインタビューによれば、同様の言葉はコーランにもあり、イスラム原理主義の指導者も時に引用しているという。監督はシナリオを書くにあたり、サントス刑事、怠慢な警察組織、爆破に関わったテロリストや麻薬組織などすべてに、悪人を重ねていたようだ。

 俺は悪人というほどではないつもりだが、善人でもない。俗物、嘘つきといったところだが、残念なことに平穏ではない。
コメント
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