自然って何て神秘的なんだろう……。昨日朝は柄にもなく、金環食に感動した。深海魚だって時には海面に顔を覗かせ、煌めきを見たくなる。裸眼で眺め続けたせいか、仕事先のみんなの顔が、酩酊したように赤く見えた。
リーマン・ショックからユーロ危機と、経済は崖っ縁に立っているという。だが、騙されてはいけない。ギリシャやフランスの民意に異を唱えるメディアは、<1%>の代弁者なのだ。常に<99%>が煽りを食うという仕組みが浮き彫りになった今、社会主義と反グローバリズムが燎原の火のように広がりつつある。
「人生に乾杯」(ハンガリー)、「フローズン・リバー」(米)、「春との旅」(日)、「ルイーザ」(アルゼンチン)、「海炭市叙景」(日)、「ウィンターズ・ボーン」(米)……。この2年、映画館で見た<格差と貧困>をテーマに据えた作品を挙げてみた。邦画2作は悲痛な結末を迎えるが、洋画4作は違う。絶望の淵に一条の光が射すラストに重なるのは、アキ・カウリスマキ監督の作品だ。新宿で先日、新作「ル・アーヴルの靴みがき」(11年)を観賞した。
カウリスマキは「浮き雲」、「過去のない男」、「街のあかり」の<敗者の三部作>で知られるフィンランドの巨匠で、市井の人々の情感と悲哀を淡々と描いてきた。主人公は非運の連続で冴えない日常から転落する。〝板子一枚下は地獄〟かと思いきや、スプリングボードが用意されていた。
「ル・アーヴルの靴みがき」は、<敗者の三部作>のエンディングから逆回転して進行する物語といえる。台詞で説明されるが、側溝に倒れていたマルセル(アンドレ・ウィルム)はアルレッティ(カティ・オウティネン)に救われて人生をリスタートした。舞台はノルマンディー地方の港湾都市ル・アーヴルで、マルセルの生業は靴みがきだ。仕事仲間のチャング(ベトナムからの移民)との会話にも、フランス社会に息づく自由と平等の精神、高福祉が窺えた。
年齢(50歳)以上にくたびれたオウティネンこそカウリスマキ組の姉御で、聖性を纏う女優だ。<敗者の三部作>でも傷ついた男を包み込む菩薩の如き女性を演じていた。本作でも、いまだキリギリスの気風が抜けないアンドレを、アリのように我慢強いアルレッティがコントロールしていた。
小津安二郎の影響が濃いカウリスマキだが、本作には社会性とエンターテインメントが加味されている。パンフレットには監督のメッセージが寄せられ、悪化する政治や経済、崩壊するモラルに警鐘を鳴らしつつ、難民問題を取り上げた経緯を記している。
ガボンからの不法移民がすし詰めになったコンテナが、港で発見された。マルセルは脱走した少年イドリッサを、妻が入院中で不在の自宅に匿うことになる。人間は人種、性別、年齢を超えて理解し合える……。この信念を前面に創作を続けてきたカウリスマキは、いかなる差別や偏見にも与しない。本作ではイドリッサを守るコミュニティーが出来上がり、復活したロックミュージシャンや警視まで支援の輪に加わる。法を超えた正義、倫理、ヒューマニズムが高らかに謳われていた。
マイケル・ムーアが「シッコ」で抉ったように、アメリカでは金が払えない患者は、病院から文字通り捨てられる。マルセル夫妻の暮らしは赤貧洗うが如しだが、医療体制が充実したフランスでは高度な医療も無料で受けられる。アメリカ化を目指したサルコジは、〝生活の質〟の捉え方の違いで国民の支持を失ったのだ。
「ディーバ」(81年)のゴロディッシュほどではないが、ストーリーが進むにつれ、マルセルは只者ではないと思わせるもう一つの貌を前面に、イドリッサの希望が叶うよう尽力する。パリにたむろするボヘミアン時代、危ない橋を渡ったこともあったに違いない。一方で、生活第一に見えるアレッティだが、病室では知人の女性が読むカフカを導眠剤に用いていた。夫婦そろってミステリアスである。「アーティスト」のマギーのように、マルセル家の愛犬ライカの活躍も見事だった。
ラストはまさに人生賛歌で、心に染み入る作品だった。カウリスマキが描くのは敗者ではなく、実は勝者ではないか。死を射程に入れつつ、伴侶と人生をソフトランディングするマルセルが羨ましくて仕方ない。
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リーマン・ショックからユーロ危機と、経済は崖っ縁に立っているという。だが、騙されてはいけない。ギリシャやフランスの民意に異を唱えるメディアは、<1%>の代弁者なのだ。常に<99%>が煽りを食うという仕組みが浮き彫りになった今、社会主義と反グローバリズムが燎原の火のように広がりつつある。
「人生に乾杯」(ハンガリー)、「フローズン・リバー」(米)、「春との旅」(日)、「ルイーザ」(アルゼンチン)、「海炭市叙景」(日)、「ウィンターズ・ボーン」(米)……。この2年、映画館で見た<格差と貧困>をテーマに据えた作品を挙げてみた。邦画2作は悲痛な結末を迎えるが、洋画4作は違う。絶望の淵に一条の光が射すラストに重なるのは、アキ・カウリスマキ監督の作品だ。新宿で先日、新作「ル・アーヴルの靴みがき」(11年)を観賞した。
カウリスマキは「浮き雲」、「過去のない男」、「街のあかり」の<敗者の三部作>で知られるフィンランドの巨匠で、市井の人々の情感と悲哀を淡々と描いてきた。主人公は非運の連続で冴えない日常から転落する。〝板子一枚下は地獄〟かと思いきや、スプリングボードが用意されていた。
「ル・アーヴルの靴みがき」は、<敗者の三部作>のエンディングから逆回転して進行する物語といえる。台詞で説明されるが、側溝に倒れていたマルセル(アンドレ・ウィルム)はアルレッティ(カティ・オウティネン)に救われて人生をリスタートした。舞台はノルマンディー地方の港湾都市ル・アーヴルで、マルセルの生業は靴みがきだ。仕事仲間のチャング(ベトナムからの移民)との会話にも、フランス社会に息づく自由と平等の精神、高福祉が窺えた。
年齢(50歳)以上にくたびれたオウティネンこそカウリスマキ組の姉御で、聖性を纏う女優だ。<敗者の三部作>でも傷ついた男を包み込む菩薩の如き女性を演じていた。本作でも、いまだキリギリスの気風が抜けないアンドレを、アリのように我慢強いアルレッティがコントロールしていた。
小津安二郎の影響が濃いカウリスマキだが、本作には社会性とエンターテインメントが加味されている。パンフレットには監督のメッセージが寄せられ、悪化する政治や経済、崩壊するモラルに警鐘を鳴らしつつ、難民問題を取り上げた経緯を記している。
ガボンからの不法移民がすし詰めになったコンテナが、港で発見された。マルセルは脱走した少年イドリッサを、妻が入院中で不在の自宅に匿うことになる。人間は人種、性別、年齢を超えて理解し合える……。この信念を前面に創作を続けてきたカウリスマキは、いかなる差別や偏見にも与しない。本作ではイドリッサを守るコミュニティーが出来上がり、復活したロックミュージシャンや警視まで支援の輪に加わる。法を超えた正義、倫理、ヒューマニズムが高らかに謳われていた。
マイケル・ムーアが「シッコ」で抉ったように、アメリカでは金が払えない患者は、病院から文字通り捨てられる。マルセル夫妻の暮らしは赤貧洗うが如しだが、医療体制が充実したフランスでは高度な医療も無料で受けられる。アメリカ化を目指したサルコジは、〝生活の質〟の捉え方の違いで国民の支持を失ったのだ。
「ディーバ」(81年)のゴロディッシュほどではないが、ストーリーが進むにつれ、マルセルは只者ではないと思わせるもう一つの貌を前面に、イドリッサの希望が叶うよう尽力する。パリにたむろするボヘミアン時代、危ない橋を渡ったこともあったに違いない。一方で、生活第一に見えるアレッティだが、病室では知人の女性が読むカフカを導眠剤に用いていた。夫婦そろってミステリアスである。「アーティスト」のマギーのように、マルセル家の愛犬ライカの活躍も見事だった。
ラストはまさに人生賛歌で、心に染み入る作品だった。カウリスマキが描くのは敗者ではなく、実は勝者ではないか。死を射程に入れつつ、伴侶と人生をソフトランディングするマルセルが羨ましくて仕方ない。
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