小林桂樹さんが亡くなった。享年86歳である。当ブログでは3度、小林さんの主演作について記している。「黒い画集~あるサラリーマンの証言」、「江分利満氏の優雅な生活」、「激動の昭和史 沖縄決戦」だ。飄々としたユーモアを漂わせた名優の冥福を心から祈りたい。
今が旬の俳優といえば、野性で見る者をねじ伏せる内野聖陽だ。その不倫報道に、「俺があんなルックスだったらな……」と、しばしピンクの妄想に耽ってしまう。婚外恋愛が当たり前になり、離婚率が30%を超えた日本で、不倫は悪徳から憧れに転じつつある。夏目漱石が行間に閉じ込めた夢は100年後、現実になった。
<不倫の構図>に身を置く中年男を主人公に据えた作品に続けて触れた。映画「瞳の奥の秘密」(09年、アルゼンチン/ファン・ホセ・カンパネラ監督)と小説「善良な町長の物語」(アンドリュー・ニコル)である。今回はアルゼンチン映画界の粋を結集し、'10アカデミー賞外国語映画賞に輝いた「瞳の奥の秘密」について論じたい。ストーリーは25年の歳月を行きつ戻りつするが、主演の2人は完璧なメークと繊細な演技で、若さと成熟を表現していた。
1974年のブエノスアイレスで、銀行員モラレスの新妻リリアナが惨殺された。捜査打ち切り後も、裁判所職員のベンハミン(リカルド・ダリン)は飲んだくれの同僚パブロとともに、真相解明に奔走する。モラレスの深い愛に打たれたからだ。上司である判事補イレーネ(ソレダ・ビジャミル)は板挟みになりながらも、ベンハミンたちへの協力を惜しまない。取り調べの際の挑発は見どころのひとつである。
タイトル通り、眦の力が物語を推進していく。数枚の写真における<瞳>から真犯人に至るが、ベンハミンとイレーネの互いを見つめる<瞳>は相寄ることはなかった。階層の壁を越える勇気がなかったベンハミンは、身の危険が迫ったこともあり、ブエノスアイレスを離れる。本作の肝というべきは、形を変えて繰り返しインサートされる駅のシーンだ。
それから25年……。家庭と仕事を両立させて検事の地位にあるイレーネの元を、定年退職したベンハミンが訪れた。モラレス事件の真相を綴る小説を書く旨を伝え、壊れたタイプライターを借りる。〝A〟が打てないタイプライターという設定も計算ずくだ。相棒パブロはなぜ殺されたのか、モラレスと真犯人のその後は……。紙一重の運命と封印された謎が明らかになり、愛が育んだ狂気に彩られた結末に息をのむ。
本作はアルゼンチン現代史の闇を背景にしたミステリー仕立ての重厚な物語で、四半世紀を超えた愛が芳醇な香りとともに甦る。犯人に迫る過程で、サッカー大国らしい仕掛けも用意されていた。俺にとって「瞳の奥の秘密」は、「息もできない」と並ぶ今年のベストワン候補である。同じくアルゼンチン映画の「ルイーサ」の公開を心待ちにしている。
目は心を写す鏡という。俺の瞳が思いを伝えていないのは、心が淀んでいるせいだろう。愛は決して若者の専売特許ではない。挫折や孤独で魂を濾過した中高年こそ、愛にチャレンジするべき……なんて言えるのは、守るものを持たない<愛のプロレタリアート>の特権だけど……。
今が旬の俳優といえば、野性で見る者をねじ伏せる内野聖陽だ。その不倫報道に、「俺があんなルックスだったらな……」と、しばしピンクの妄想に耽ってしまう。婚外恋愛が当たり前になり、離婚率が30%を超えた日本で、不倫は悪徳から憧れに転じつつある。夏目漱石が行間に閉じ込めた夢は100年後、現実になった。
<不倫の構図>に身を置く中年男を主人公に据えた作品に続けて触れた。映画「瞳の奥の秘密」(09年、アルゼンチン/ファン・ホセ・カンパネラ監督)と小説「善良な町長の物語」(アンドリュー・ニコル)である。今回はアルゼンチン映画界の粋を結集し、'10アカデミー賞外国語映画賞に輝いた「瞳の奥の秘密」について論じたい。ストーリーは25年の歳月を行きつ戻りつするが、主演の2人は完璧なメークと繊細な演技で、若さと成熟を表現していた。
1974年のブエノスアイレスで、銀行員モラレスの新妻リリアナが惨殺された。捜査打ち切り後も、裁判所職員のベンハミン(リカルド・ダリン)は飲んだくれの同僚パブロとともに、真相解明に奔走する。モラレスの深い愛に打たれたからだ。上司である判事補イレーネ(ソレダ・ビジャミル)は板挟みになりながらも、ベンハミンたちへの協力を惜しまない。取り調べの際の挑発は見どころのひとつである。
タイトル通り、眦の力が物語を推進していく。数枚の写真における<瞳>から真犯人に至るが、ベンハミンとイレーネの互いを見つめる<瞳>は相寄ることはなかった。階層の壁を越える勇気がなかったベンハミンは、身の危険が迫ったこともあり、ブエノスアイレスを離れる。本作の肝というべきは、形を変えて繰り返しインサートされる駅のシーンだ。
それから25年……。家庭と仕事を両立させて検事の地位にあるイレーネの元を、定年退職したベンハミンが訪れた。モラレス事件の真相を綴る小説を書く旨を伝え、壊れたタイプライターを借りる。〝A〟が打てないタイプライターという設定も計算ずくだ。相棒パブロはなぜ殺されたのか、モラレスと真犯人のその後は……。紙一重の運命と封印された謎が明らかになり、愛が育んだ狂気に彩られた結末に息をのむ。
本作はアルゼンチン現代史の闇を背景にしたミステリー仕立ての重厚な物語で、四半世紀を超えた愛が芳醇な香りとともに甦る。犯人に迫る過程で、サッカー大国らしい仕掛けも用意されていた。俺にとって「瞳の奥の秘密」は、「息もできない」と並ぶ今年のベストワン候補である。同じくアルゼンチン映画の「ルイーサ」の公開を心待ちにしている。
目は心を写す鏡という。俺の瞳が思いを伝えていないのは、心が淀んでいるせいだろう。愛は決して若者の専売特許ではない。挫折や孤独で魂を濾過した中高年こそ、愛にチャレンジするべき……なんて言えるのは、守るものを持たない<愛のプロレタリアート>の特権だけど……。