酔生夢死浪人日記

 日々、思いついたさまざまなことを気ままに綴っていく

700回記念は「アデン、アラビア」~悲運の反逆児ニザンが放つ光芒

2009-12-28 00:13:29 | 読書
 ドリームジャーニーが有馬記念を制した。乗り替わりが目立つ大一番、培った人馬のコンビネーションも勝因のひとつだろう。POG指名馬セイウンワンダーは6着に終わったが、10番人気を考えれば健闘の部類だ。今後は父グラスワンダーの域に少しでも近づいてほしい。

 今稿は700回目の更新だ。戯言に付き合ってくださる読者には感謝、感謝である。<小人閑居にして不善をなす>というが、〝超小人〟の俺が時間を持て余したらとんでもない失態を演じるに相違ない。ブログは俺にとって〝不善へのブレーキ〟になっている。

 ポール・ニザンの「アデン、アラビア」(河出書房新社/世界文学全集収録)を読んだ。三島賞作家である小野正嗣に新訳が、作品に息吹と躍動を加えている。

 <僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない>……。

 印象的な書き出しで知られる「アデン、アラビア」は、ニザンが26歳の時の作品だ。発表から30年、作者の死から20年を経た1961年にサルトルの序文付きで復刊されるや、反逆精神に貫かれた本作はベストセラーになった。

 キリスト教、愛国心、資本主義、植民地支配、教育制度……。ニザンはすべてを「ノン」とぶった斬り、<敬虔の徴とか掟とか教理問答とか崇拝とかスローガンを否定するからこそ僕は自由でいられた>と言い放つ。とりわけ知識人に厳しく、<僕はインテリということになっていたから、中身のない専門職の連中にしか出会ったことがなかった>と記している。

 僕は<ヨーロッパという煉獄の腐敗と堕落>から脱出したが、<死にそうなほど美しい場所アデン>でアジアへの幻想は褪せていき、<石ころのような不幸>と<恐ろしいくらいの無為>に苛まれるようになる。

 アデンは圧縮されたヨーロッパで、一流ホテルで暮らす<ユニオン・ジャックという人殺し=イギリス人>を頂点に、最底辺のユダヤ人までヒエラルヒーが確立している。<数多くの縄をしっかり束ねる結び目>だが、各層が混淆することはない。

 アデンでは<人間の生活を歪めて映す鏡(芸術、哲学、政治)がないので、解剖学模型のように人間は無修正のまま丸裸>になる。顕微鏡のように精巧な僕の目に、当地を支配するヨーロッパの資本家たちは<エドガー・アラン・ポーの水晶でできた狂人>と映った。

 ニザンは資本家をホモ・エコノミクスと規定し、<連中はいくら利益を得ても貧しい。彼らの不幸とその原因は、策略と暴力と執拗さと知恵によって守られ、維持されている。彼らの空虚さは、虚無ではなく生を愛する人たちの不幸をもたらす>と人間性の喪失を抉っている。

 上記は現在にもそのまま当てはまる。ニザンの慧眼は80年前、市場原理主義の本質を見据えていた。

 該博な知識と鋭い感性を合わせ持つ恐るべき若者を、悲運が待ち受けていた。ソ連従属を批判してフランス共産党を離党し、唾棄すべき〝国家の戦争〟で35歳の人生にピリオドを打つ。共産党はスパイ説を捏造し、作家ニザンを闇に葬ろうとした。

 生き延びていたら、ニザンはオーウェルと並ぶ存在になったに違いない。早過ぎる死は惜しまれるが、その魂は既成の共産党を超えるニューレフト、反グローバリズム運動の核として現在も受け継がれている。



コメント (2)
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