充電期間を設けたおかげで、じっくり本を読めるようになった。積読本から選んだのがギュンター・グラスの「はてしなき荒野」である。字がぎっしり詰まって900㌻、緊張と集中を強いられた。仕事を続けていたら、途中で放り出したに違いない。
簡潔に説明すると、1989年のドイツ統一と1871年のドイツ帝国誕生を二つのメルクマール(指標)に、時の壁を行き来する物語である。寓意に満ち、仕掛けが数多く用意されているから、ドイツ全般に精通していない限り、真実と虚構の区別が付かない。謎はそのままに、読み進めるしかなかった。
主人公はフォンティと呼ばれる語り部と、彼に付きまとう影の男ホーフタラーである。二人の同僚たる資料館員が、匿名で進行役を務める形になっている。フォンティが「不滅の人」として19世紀に帰れば、ホーフタラーはタルホーファーに転じて寄り添っている。作品中、200年にわたるドイツ史の象徴的な出来事が描かれ、グラスの見解が登場人物の言葉に託されている。
あとがきを読んで愕然とした。空想上の人物と思い込んでいたフォンティに、実在のモデルがいたのである。フォンターネという長編作家で、19世紀後半、饒舌な文体で名を馳せたらしい。まさに「はてしなき荒野」というか、底なし沼のような小説である。作品の広がりや深さは、俺みたいに上っ面だけ追う読者には理解不能の仕組みになっているのだろう。
俺が読み取れたのは、グラスのドイツ統一に対する考え方である。東ドイツの社会主義体制はもちろんNOだが、欲望を剥き出しにした資本主義もNO。そして、統一前後に高まったナショナリズムにもNO……。グラスの理想は、片方(西)がもう一方(東)を吸収する形ではなく、緩やかな二つの国の連合体だったと思う。
グラスは10代の頃、ヒトラー・ユーゲントの一員だった。最年少の兵士として戦地に赴き、連合軍の捕虜になっている。ナチス信奉者だった体験と反省に基づき、戦後は一貫して反戦を訴えている。環境問題や第三世界の貧困解決についても尽力しており、政治にコミットする作家として知られている。
グラスは1999年、ノーベル文学賞を受賞した。本作などのあとがきにも記されているが、ドイツ国内で大衆的な支持を得ているとは言い難い。文壇を仕切る政治屋にこき下ろされるケースが多いのだ。むしろ、翻訳された海外、とりわけアメリカでの人気が高く、「20世紀最高のストーリーテラー」との評価を確立している。ジョン・アーヴィングが最も傾倒している作家はグラスである。
グラスの作品中、一番のお薦めは「ひらめ」である。性をテーマに、2000年の時空を旅する奇想天外、荒唐無稽の物語だ。日本では、戦後文学の最高峰と目される「狂風紀」(石川淳)と対比して論じられることが多かった。執筆期間が重なっていたせいもあるだろう。「ブリキの太鼓」はもちろん傑作だが、刺激的な映画の方で十分だと思う。
「はてしなき荒野」……。確かに読了した。でも、胃が重い。生のレバーを呑み込み、消化不良を起こしたみたいに。次は少し軽いものにしようかな。