大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

日ごろ撮影した写真に詩、短歌、俳句とともに短いコメント(短文)を添えてお送りする「大和だより」の小筥集です。

大和だより ~写詩 写歌 写俳~ 小筥集

2016年04月28日 | 写詩・写歌・写俳

<1582> ホオジロ(頬白)について

          経験に勝るものなき生きる身に経験の弟子レオナルド・ダ・ヴィンチ

 島木赤彦の「高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春となりにけるかも」について、ホオジロという野鳥は灌木(低木)に棲み、高槻、即ち、ケヤキのような喬木(高木)の梢に来て囀ることはあり得ないというような意見があって、この歌が発表された大正年代以来話題になって来た。この経験則による意見に照らして、私もその意見を入れてこのブログの<554>の「万葉の花(78)のワラビ」や<605>の「ワラビ考余話」において、高槻の梢でホオジロが囀るというこの歌に対し、志貴皇子の万葉歌に登場するワラビとともに論を展開して来た。

 ところがこのほどこの論の展開はよくなく、論の訂正をしなくてはならない仕儀に至った。というのは、このほど島木赤彦が詠んだごとく、ホオジロが灌木のみならず、喬木にも来て高らかに囀るのを実地に目撃体験したからである。このような体験をしたからは今まで抱いていた考えを改めざるを得なくなった。というわけで、ここにこの「高槻のこずゑにありて頬白の――」という歌を貶めるようなことを言って来た不遜を謝し、赤彦のこの歌における観察に瑕疵はなく、灌木のみとする見解に対し、高槻の正当性を認めるに至ったという次第である。

                  

 この歌への疑義に対し、歌人で日本の野鳥研究家の中西悟堂はホオジロについて「つねに木の梢頭にとまってさえずる習性があるが、それも一本の木でなく、すこしずつ離れた三、四本の木の梢をぐるぐるまわって鳴いている。蕃殖期は自分の巣の縄張り、そうでない時季では自分の餌場所の縄張りの歌を歌っているのだ」と、赤彦のこの歌を擁護するように言っている。

 私が目撃したホオジロは馬見丘陵公園内の自然公園エリアで三度にわたり目撃した。多分同じホオジロだと思うが、最初はツツジなどの雑木が生える低木林で低い梢に二羽が見られた。次はまだ葉の開出が見られないムクロジの梢で高らかに囀っていた。高さは十五メートルほど。三度目はラクウショウのてっぺん。まだ、葉の開出がなく裸木状態だった。日を変えてのことで、このときも高らかに囀っていた。高さは二十メートル以上ある。そこからコナラのてっぺん近くに移り、少し囀って姿を消した。コナラは葉の開出が見られ下から見ると逆光で、このときには思うように写真を撮ることが出来なかった。という次第で、ホオジロは喬木の梢で囀るのを実地で目撃し経験したのであった。

 思えば、野鳥は概ね高い位置の見晴らしの利くところに陣取って囀っている。縄張りを主張しているのであろう。囀るのはオスである。典型的なのはヒバリで、揚げ雲雀というように天空高くに昇って一頻り囀るのが常である。ウグイスにしても笹鳴きと言われる冬場は薮の中などで鳴いているが、暖かくなって繁殖期が近くなると、高い木の梢や見晴らしのよい枯れアシなどに来てあのみごとな鳴き声を披露し、自分をアピールしている。

  シジュウカラにしても囀るオスは高木の梢にとまっている。オオルリやミソサザイなど美しい声で囀る小鳥たちはみな普段よりも見通しの利く高い木の梢にとまっている。ホオジロにもこのことが言えるわけで、これが野鳥の習性であり、自然の姿というものであろう。このほどこのことを認識し、島木赤彦の「高槻のこずゑにありて頬白のさへづる春となりにけるかも」の正当性をここに改めて思う次第である。写真はムクロジの梢で高らかに囀るホオジロ(左)と低木にとまるホオジロ(右)。同じオスではないかと思われる。

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿