<2128> 大和の花 (354) アシ (葭・蘆・葦・芦) イネ科 ヨシ属
河川や池沼、海辺などの水辺や湿地に生える高さが2メートルから3メートルほどになる大形の多年草で、太い根茎が長く這い広がって群生し、よく広大なアシ原を形成する。茎(稈)は緑色を帯びた中空の円柱形で、節間が長く、分枝せず、直立する。葉は長さが20センチから50センチの線形で、縁はざらつき、茎を抱いて互生する。花期は8月から10月ごろで、茎頂に長さ15センチから40センチの円錐状の花序を出し、淡紫色を帯びる多数の小穂に小花がつき、花序を形成する。これがアシの花穂で、花穂は花が終わっても残存し、枯れアシ原に靡く。
アシは世界の温帯から熱帯の湿地に広く分布し、人々との接触が密なため、世界の各地でアシに関わる言葉や逸話が残されているという特異な存在の植物として知られる。日本の歴史においては、まず、『古事記』の天地開闢神話に登場し、「葦牙(あしかび)のごとく萌え騰(あ)がるものによりて成れる神」として宇摩志阿斯訶備比古遅神が見え、最初に造り出された国土を「豊葦原瑞穂国」と称したとある。
アシの語源には諸説あるが、この『古事記』の神話に基づく初めの意による「ハシ」に由来するとの説がまずある。海に囲まれた国土の日本は、河川や池沼も多く、各地に水辺があり、アシの生える領域が広く見られ、太古のころからアシが豊富に生え、このことが豊かさの象徴だったことが、国造りの神話である『古事記』にはよく表されていると言ってよい。
アシは日本最初の詞華集である『万葉集』の52首に詠まれ、集中に登場する植物中の上位にある万葉植物である。その中の1首に「葦辺ゆく鴨の羽がひに霜ふりて寒き夕は大和し思ほゆ」(巻1-64・志貴皇子)とあるように、冬の渡り鳥であるカモやツルといった大形の水鳥と抱き合わせに詠まれた歌が見られ、当時の自然がアシの風景とともにあったことを想像させる。
アシはヨシとも呼ばれるが、これはアシが悪しに通じ、縁起が悪いので、善しのヨシと呼ぶようになったと言われ、地名にもそれが現われている。難波では芦原(あしはら)だが、江戸では葭原(よしわら)と呼ばれ、幕府公認の遊郭が出来、移転して吉原と呼ばれたという。これは難波も江戸も当時アシの広い群落地が形成されていたからで、悪しと善しの言葉に関わり、気にしないタイプの難波っ子と気にするタイプの江戸っ子の気質をもアシは問わしめているところがうかがえる。
中国ではアシを成長の段階に合せ、芽出しのころのものを葭(か)、成長半ばのまだ穂に出ないものを蘆(ろ)、成長して穂の出たものを葦(い)と呼んでいたことが、中国の本草書『本草綱目』(1596年・李時珍著)に見える。また、漢方薬としても知られ、蘆根(ろこん)の生薬名で、根茎を煎じて利尿、吐き気止めなどに用いて来た。また、若芽を食用に、成長した茎は日避けの葭簀にしたりパルプの原料に用いて来た。
一方、西洋にもアシの話は多く、中空の茎を利用して笛などの楽器にした。例えば、ギリシャ神話には、牧神パンに追われた妖精シュリンクスがアシに変身し、それを見届けたパンがそのアシを刈り取ってアシ笛を作ったという話がある。また、聖書にもアシはよく登場し、例えば、『新約聖書』の「マタイによる福音書」には、十字架に架けられたイエスにブドウ酒を含ませた海綿をアシの棒につけて飲ませようとした話が出て来る。近代になってからは、パスカルが『パンセ』の中で述べた「人は自然の中で最も弱い一本のアシに過ぎない。しかし、それは考えるアシである」という有名な言葉を遺している。
アシ原が広く見られた大阪府ではアシを府の花にしている。葭簀の材にされる琵琶湖畔のヨシの成長を促すヨシ焼きはよく知られるところであるが、最近、アシが水質浄化によいということで、アシの自然環境に役立つ有用植物としての認識がなされているという。 写真はアシ。左から群生して靡く葦の時期の花穂群、花穂のアップ、葭の時期の姿(若芽は食べられる)、蘆の時期のアシ原。初夏のこの時期になるとウグイス科のオオヨシキリがやって来て、頻りに鳴き立て、巣づくりをし、子育てをする。
人生は愛がテーマの物語何を愛するかだと思へる
<2129> 大和の花 (355) ツルヨシ (蔓葦) イネ科 ヨシ属
アシと同様水辺に生える大形の多年草で、日当たりのよい河川や谷川の流れの傍などに群生するのが見られる。吉野川のような大きい河川では中流から下流域にヨシが生え、上流域にツルヨシがうかがえる。言わば、ツルヨシは支流域に姿を見せる植生ということになる。
高さは1.5メートルから2メートルほどで、その草丈は小さい個体のアシと同じくらいである。葉は20センチから30センチの線形で、先が垂れ、アシと間違いやすいが、地表を這う長い匐枝が特徴で、その匐枝の節ごとに白い毛が生えているので見分けられる。アシと同じく群生するが、匐枝の節から地中に根を下ろし、新しい株をつくって群落を広げる。
川の上流域ではこのツルヨシが最も水の流れに近いところに生え、そこを占有しているのがうかがえる。匐枝は5メートル以上に及び、根はしっかり地をつかんで、増水時も押し寄せる濁流の猛威に耐える。この特徴をもってジシバリ(地縛り)の別名もあるが、キク科にもジシバリ(地縛り)が見られるので紛らわしい。
花期は7月から9月ごろで、茎頂に長さが30センチ前後の円錐状の花穂を出し、1センチ前後の紫褐色の小穂を多数つけ、小穂には3個から4個の小花がつく。ツルヨシはススキやアシと同じ、風を頼りの風媒花で、風通しのよいところを選んで生える傾向も見られる。
北海道から沖縄まで日本のほぼ全土に分布し、国外では朝鮮半島から中国、台湾、シベリア東北部まで見られるという。大和(奈良県)では吉野川の最上流域に当たる高見川の支流、四郷川などでその群落が見かけられる。 写真は流れのすぐそばで群生し花穂を見せるツルヨシ(左)とツルヨシの葉で休む水辺に棲息するハグロトンボ(右)。 秋の日や大和も文化の香に匂ふ
<2130> 大和の花 (356) セイコノヨシ (西湖の葦) イネ科 ヨシ属
川岸や海岸などの水辺や湿地に生える大形の多年草で、分枝することなく、直径2センチほどの太い茎(稈)は直立し、高さが4メートルに及ぶものも見られる。葉は長さが40センチから70センチの線形で、質が硬く、互生してアシのように先端が垂れることなく、左右交互に斜上するので、アシとはこの点で見分けられる。
花期は8月から10月ごろで、茎頂に長さが30センチから70センチになる花穂を円錐状に多数出し、1センチに満たない紫褐色の小穂を連ねる。本州の関東地方以西、四国、九州、沖縄に分布し、国外では中国をはじめ、世界の暖温帯から熱帯に広く見られるという。
セイコノヨシ(西湖の葦)の和名は、中国・杭州市の名所として知られる西湖に因むもので、海水から真水に移行させた西湖には、その昔からセイコノヨシが多く見られたのだろう。別名はセイタカヨシ(背高葦)で、この名は草丈の高いことによる。
これらの名から帰化植物と見られがちであるが、外来種ではない。茎(稈)が長く太いので利用価値があるように思われるが、葭簾の端に用いられて来た程度だと言われる。 写真はセイコノヨシ。砂地の河原を埋め尽くすほどの花穂群(左)と日差しを受けて白く輝く花穂(右)。ともに大和川の中流域で写す。 人生は百年それも叶はぬを思ひの丈の櫓を漕ぎゐたる
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