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豊田市図書館の29冊

301『世界の行動インサイト』公共ナッジが導く政策実践

331.84『市場って何だろう』自立と依存の経済学

332.1『2030年日本経済復活のシナリオ』15人のリーダーが語る日本の未来

379.9『戦略子育て』楽しく未来を生き抜く「3つの力」

309.02『アメリカ民主主義の衰退とニーチェ思想』【ツァラトゥストラの経済的帰結】

302.27『イスラエルを知るための62章』

913.6『異聞・真珠湾攻撃』

288.1『歴史人名学序説』中性から現在までのイベリア半島を中心に

602.1『テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図』

519『EARTH2050』ECONOMY<ECOLOGY

468『生物多様性と地球の未来』6度目の大量絶滅へ?

367.1『WORK DESIGN--行動経済学でジェンダー格差を克服する』

490.15『生命倫理学』自然と利害関心の間

116.8『解釈学』

338『MINEマイン』総時価総額100兆円、利用者数1億人。ついに動き出す金融革命。「マイニング経済圏」は世界を変えるのか

313.7『民主主義にとって政党とは何か』--対立軸なき時代を考える--

131.8『モラリア 4』

209.32『先史学者プラトン』紀元前一万年--五千年の神話と考古学

319.1『核兵器ではなく、花をください』

209.6『世界から消えた50の国 1840-1975年』

702.53『マン・レイ 軽さの方程式』

388.1『古生物学者、妖怪を掘る』鵺の正体、鬼の真実

209『世界史序説』--アジア史から一望する

293.33『ロンドンでしたい100のこと』大好きな街を暮らすように楽しむ旅

388.93『ロシアの歌に魅せられた人々 第二弾』

209『サピエンス全史 下』文明の構造と人類の幸福

304『現代社会はどこに向かうか』--高原の見晴らしを切り開くこと

121『日本思想史の名著30』

210.7『昭和史講義【軍人扁】』
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未唯宇宙9.8.1~9.8.2

21thシングル

 『心のモノローグ』MV最高! こうでなくては!

 ずっと、見ていられる。

 欅ッズ、楽しいのかな。ずっと、売っている姿しか浮かばない。

9.8.1「地域主体」

 地域を位相と見る。同じだが、実は異なる。連続でのみつながっている。それを確認したくて、日本を八日間で回ったことがある。国も県も市もない。個人と全体だけがある空間。

 地域が自律するために税金以外の財源をもつことです。エネルギーと物流は地域のものです。それで雇用を確保する。それと社会保障。今の会社のように振る舞う。地域インフラを個々に作り上げる。結果として、国をなす。市民と超国家で挟み込む。

9.8.2「寄り添う社会」

 自律した市民が寄り添って社会をつくる。持続可能な循環する世界をイメージする。

 生産しない、内なる世界を中心とする社会。低エントロピーで各自が専門家となる社会。それぞれが役割を認識して、遂行する。それを認める社会。使いこなすことで余分をなくす。

 インフラは使うために整備する。そんな社会で、何の目的を持つだろう。何をしたいと思うのだろう。哲学は何を願うのか。そんな世界だと戦っている方が欅のように かっこよく見える。それに人類は勝てるのか。知の世界は刺激に負けてしまうだろう。

今週の新刊書

 図書館から借りてきた本を読んでるけど、なんかみんなピント外れ。2030年、2050年予測にもなっていない。何にも考えていない。つまらない。
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もしトヨタが自動車メーカーからモビリティサービス企業に変わったら

 『テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図』より [自動車]もしトヨタが自動車メーカーからモビリティサービス企業に変わったら

 実は「鉄道会社」が最も近いトヨタのMaaS構想

 先ほど、トヨタ自動車のe-Paletteについて触れた。自動車メーカーといえども、トヨタ自動車のようにMaaSを想定して動き出しているメーカーはまだ多くはない。

 たとえば日産や本田技研工業からはまだ具体的な動きは見えてこない。米GMのMavenのようなカーシェアサービスも始まっているが、すべてのメーカーが具体的なサービスにまで落とし込めている状況とはいえない。e-Paletteを活用するようなMaaSが普及すると、私たちの生活はどのように変わるのか。また、それを支える産業はどのように変わるのか。

 MaaSと呼ばれると、なんだかイメージしにくいが、実は私たちにとって、MaaSはすでに身近な業態だ。たとえば、JRや東急といった鉄道企業や、第二父通グループ、日本交通グループなどのタクシー企業、JALやANAといったエアラインだ。利用者がA地点からB地点に移動したいときに、その移動をサービスとしてサポートする企業がMaaSの担い手といえる。

 ただ、今回のトヨタ自動車のケースに一番近いのは鉄道会社だ。これはなぜか?

 たとえば、JR東日本は鉄道輸送サービスを行っているだけではなく、新潟県の新津事業所で鉄道車両を製造している。JR東海は新幹線車両の技術開発は社内で行っており、製造は連結子会社の日本車輛が行っている。JR東海は2008年に日本車輛に対して株式の公開買付けを実施し、同社を連結子会社としている箆。

 つまり、鉄道会社は移動サービスを提供するとともに、その移動に必要な(ードウェアの製造およびシステム開発をも担っているのだ。

 トヨタ自動車のe-Palette構想においても、ハードウェアの開発から製造、またプラットフォームの運用まで関わろうという構造が見て取れる。トヨタ自動車は2016年10月にこうしたブラッドフォームを「モビリティサービスープラットフォーム(MSPF)」という呼び方で発表した箆・ちなみに、筆者は2014年12月に上梓した『Google vs トヨタ』の中で、今後、自動運転が進む中での「サービスプラットフォーム」の重要性を指摘している。そうした流れが具体的にサービスの構想として出てきたといえる。

 トヨタのプラットフォーム上には、ライドシェア・カーシェア・レンタカー・タクシーなどの移動サービスとともに、先にピザハットの例で見たリテール(小売)、宿泊・飲食、ロジスティクス(物流)などもサービス事業者に公開されるような想定がされている。果たしてトヨタはサービス事業者に今回のプラットフォームを完全に公開するのだろうか。

 仮に自動運転技術がさらに進展し(e-Palette構想においても、トヨタの車両制御技術を用いて開発した車両制御インターフェースを自動運転キット開発会社に開示するとしている)、カーシェアやライドシエアの考え方が普及した際には、果たして自動車はいまのように販売できているだろうか。自動運転車が効率的に運行されているであろう未来の都心部で、自動車を購入する消費者はどれくらいいるのだろうか。また、自動車を1世帯で複数台保有している地方の状況でさえも、世帯当たりの保有台数は大きく減少しているのではないだろうか。

 加えていえば、自動運転が実現した時代では、現在のタクシー会社がそのまま存在している可能性は、一体どれくらいあるか。

 タクシー会社の付加価値は、ドライバーおよび車両を確保し、安全に効率的に運用することである。しかし、自動運転が実現でき、ドライバーの確保が必要なくなれば、車両を製造している自動車メーカー自身で輸送事業を始めるほうが効率的ではないだろうか。このように考えると、次のようなことが起こりうると考えられる。

  ・自動車メーカーの生産台数が大きく減少する

  ・自動車メーカーがカーシェア・タクシー・物流などの輸送サービス事業を自社で行う

  ・自動車メーカーに必要な人材は生産工程よりもサービスのオペレーション領域にシフトする

 こうしたシナリオについて考えていこう。

 トヨタ自動車の国内生産台数はすでに減少トレンド

 MaaSが普及するにしたがって自動車の生産台数が大きく減少するシナリオを考える前に、自動車メーカーの生産拠点がどうなってきたのかを知っておきたい。日本の自動車メーカーはグローバルでの日本車のニーズが高まるにつれて、海外の生産拠点にシフトしてきた。では一方で、国内の自動車生産はどうなっているのだろうか。

 図表3-7は、トヨタ自動車の国内および海外の生産台数を2002年から2017年について見たものである。この15年の間に、国内の生産台数は8・5%減少している。

 この期間での国内生産台数のピークは2007年の423万台、またボトムは2011年の276万台だ。2011年は東日本大震災の影響もあり、生産に必要なマイコンなどの基幹デバイスの調達などができなかったことにより、生産台数が大きく落ち込んだ。天災の影響とはいえ、当時を振り返ると生産ができずにパニック的状況だったのを思い出す。また、その他に大きく生産が減少したのはリーマンショック後の2009年で、279万台まで落ち込んでいる。2009年は、国内だけではなく、海外でも自動車に対する需要が大きく落ち込んだが、国内生産はピークの2007年に対して34%減少した。当時は急激な需要の縮小でパニックが起こっていたが、2017年の生産台数は、2009年に対して14%上振れているのにすぎない。

 ここまではMaaSが始まる以前の「現在」の状況である。今後、個人が自動車を保有しなくても生活できるような選択肢(カーシェアやカーライドなど)が浸透すれば、どうなるだろうか。国内の新車の需要は減少するとともに、自動車生産も減少せざるを得ないだろう。

 また、自動運転による移動サービスがスタートしたらどうなるか。自分で自動車を運転しなくても移動できることで、自動車を所有したいというニーズはさらに減るだろう。いずれにせよ、今後、需要が継続的に減少していくのであれば、国内工場や雇用をどうするのかという問題に行き当たることになる。この章の冒頭でも見たように、国内の就業者数で「製造業」は最も人数が多い。また、その中でも就業人数が100万人を超える「輸送用機械器具製造業」をはじめとして、自動車関連の産業の就業人数はとても多い。

 テクノロジーによるサービスの変化に加えて、自動車の駆動アーキテクチャがガソリン車のエンジンから電気自動車のモーターに変化している。その中では、日本車のエンジン加工の精度に伴う「燃費」などの競争優位が、今後は大きく崩れかねない。そうなれば、グローバル市場での日本車の販売台数やシェアを維持するのは難しくなる。結果、現在の生産台数を維持するというのもまた難しくなる。自動車メーカーとしては、「自動車を生産し販売する」というモデルから、「輸送サービス事業」に転換することが急がれる。

 実際、2018年5月に開かれたトヨタ自動車の決算説明会での豊田章男社長のコメントが印象的だ。

 〝私は、トヨタを「自動車をつくる会社」から、「モビリティ・カンハニI」にモデルチェンジすることを決断いたしました。

 「モビリティ・カンパニー」とは、世界中の人々の「移動」に関わるあらゆるサービスを提供する会社です〟

 製造業からサービス業に転換することは「モデルチェンジ」どころの騒ぎではなく、「競争領域のシフト」ともいえる状況だが、世界を代表する自動車メーカーのトップの発言として、その影響は大きい。仮に豊田社長の狙い通りの事業展開になれば、日本の雇用市場もその就業者数のシフトは避けられない。
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二都物語--エルサレムとテルアビブ

 『イスラエルを知るための62章』より

 イスラエルの二大都市、エルサレムとテルアビブ間は、車で約一時間の距離だ。しかし、両都市の極端な違いには、初めて訪れる外国人観光客も驚かされる。

 まず地理と気候だが、内陸部の小高い丘の上に位置するエルサレムでは、夏でも夕方になれば涼しく、空気も乾燥している。冬には、イスラエルでは珍しい雪が降るときもある。他方で、地中海に面するテルアビブの夏は湿気が多く暑いが、冬は割と暖かく過ごしやすい。

 こうした地理と気候は、街の雰囲気の違いにも合っている。約3000年の歴史をもつエルサレムには、ュダヤ教・キリスト教・イスラム教の聖地に加え、街の至るところに史跡が点在している。場所により異なる時代を堪能することができるほか、街全体を覆う独特な不思議な雰囲気には、世界中の多くの観光客が魅了される。また、エルサレムには、政治の中枢機能(議会にあたるクネセトや首相府など)も集まっている。イスラエル政府は西エルサレムに、1967年の第三次中東戦争後に併合した東エルサレムを合わせて首都としているが、これは国際的には認められていない。そのため、各国は大使館をテルアビブに置いている。こうした背景があるがゆえに、2017年12月のトランプ米政権によるエルサレム首都認定と、2018年5月の在イスラエル米大使館のエルサレム移転は、世界中で大きく取り上げられた。このように宗教と歴史を肌で感じることができ、政治問題も考えさせられるエルサレムの雰囲気は、乾いた空気の下でも重いとさえ感じる。

 他方で、エルサレムに次ぐ大都市で、ヘブライ語で「春の丘」を意味するテルアビブの雰囲気は全く異なる。建国前に作られたこの街は、2009年に創立100年周年を迎えたばかりだ。宗教や政治色は薄く、経済や文化の中心地としての役割を担い、オープンで自由な街として明るい。街の西側にはビーチとリゾートホテルが立ち並び、中部と東部には高層オフィスビルなどがそびえ立つ。その間の通りに立ち並ぶカフェには、老若男女を問わずおしゃべり好きなイスラエル人が集う。夜も賑やかで、洒落たレストランやバー、ナイトクラブが多い。この「眠らない街」を満喫するために、数日間だけヨーロッパから遊びにくる者もいるほどだ。

 両都市がかもし出す雰囲気の違いは、エルサレムで宗教的なユダヤ人の人口がますます増えたことで、近年さらに顕著になってきた。エルサレム・イスラエル研究所の2017年度報告書によれば、2013~15年の調査で、エルサレム居住者のユダヤ人20歳以上のうち、自分を宗教層に属すと回答した者は約80%だった。そのうち、黒衣をまとい最も熱心な信者として知られる超正統派は、5年前の調査から5%増加して34%だった。男性が頭に小さな丸帽子「キッパ」をかぶる宗教派が19%、宗教的には比較的自由で祭日などの民族の風習や伝統を守る伝統派が27%だった。一方、無宗教などの世俗派は20%にすぎなかった。超正統派が2%、世俗派が67%を占めるテルアビブとは対照的だ(イスラエルのユダヤ人全体では、超正統派は9%、世俗派は44%)。また超正統派は出生率が高く、通常の仕事にあまり就かないことなどから、エルサレムは貧困層の割合が高い街として知られる。こうした傾向も世俗派の若年層によるエルサレム離れを加速させている。

 宗教色が強まるエルサレムと、世俗化が進むテルアビブ。それぞれのイスラエル人にとり、互いの心の距離は、車で約一時間という実質的な距離よりも広がってきている。
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イスラエルの出産・子育て事情

『イスラエルを知るための62章』より

 イスラエル中央統計局の資料によると、2016年の合計特殊出生率、すなわち女性一人が一生で出産する子どもの平均数は3・H人。経済協力開発機構(OECD)の加盟国の中でトップの座にある。ユダヤ人を中心にさまざまなエスニック・グループが存在するイスラエルでは、グループによって家族形態や平均的な子どもの数が異なる。いわゆる世俗派と呼ばれるユダヤ系の夫婦では子どもは3~4人というのが普通だ。ハレディーム、すなわち、超正統派ユダヤ教徒の夫婦ならば、10人以上の子どもがいる例もめずらしくない。正統派の住民が多いエルサレムの街では、ベビーカーを押す母親に寄り添い、兄姉が弟妹の手をとってずらりと行列をなすかのように歩く姿をよくみかける。

 ユダヤ教の聖典である旧約聖書には「産めよ、増えよ、地に満ちて地を従わせよ」(「創世記」第1章28節)というくだりがある。ュダヤ教では、子どもは神からの贈り物であり、家族の繁栄は人生で最も大切なものとされる。また、ユダヤ人の離散・迫害という過去の受難が、子孫を増やす原動力となっているとも説明される。また、ユダヤ教徒に加え、ムスリムやキリスト教徒のアラブ系住民も、子どもは神からの贈り物、家族の繁栄は人生の豊かさの現われとしてとらえる。特にベドウィンは、超正統派ユダヤ教徒の家族に匹敵する大家族を抱える。

 「子どもは最大の宝」という社会的・宗教的背景のもと、イスラエルは世界に稀にみる出産奨励策、生殖医療技術を誇る。女性には15週の出産育児休暇が認められ、税制においても母親優遇制度かおる。パートナーの男性と育児休暇を分けてもよい。また、不妊治療中の女性には年間80日までの有給休暇が認められる。さらに、あらゆる生殖医療サービスに対し資金援助をする世界で唯一の国である。不妊治療は、既婚・未婚にかかわらず、すべての女性やカップルに45歳まで健康保険枠で提供され、卵子提供を受ける場合は、資金援助がカバーする資格は51歳まで延長される。巷でも「イスラエルはIVF(体外受精の略)王国」と謳われるが、各都市の大病院には、決まってIVF科があり、診療者であふれている。キャリアウーマン風の女性、配偶者や母親に付き添われたムスリムの女性、伝統的な服装のユダヤ教徒夫妻が肩をならべて検査待ちだ。看護師たちは、ヘブライ語、英語、アラビア語、ロシア語を見事に切り替えながら一人ひとりの診療者に投与すべき薬の指示を行う。医師も終始明るい態度で、「これがだめなら、次の方法」と積極的に治療を進め、診療者を激励する。

 国民の「子ども」という集団的ニーズにここまで国家と社会が太っ腹で応えているのは、人口問題に国家そのものが強く関与しているといえるかもしれない。「高値の」赤ちゃんも成人して働いてくれれば、税金を支払ってくれるから、という意見もある。しかし、何よりも、どんな女性にも母となる機会を最大限に与えるべき!という根源的な意識がイスラエル社会にあるように感じられる。

 妊娠、出産についても例外的な検査や条件を望まなければ保険でカバーされる。そのうえ、妊娠中の検査も世界有数といわれるほど多く、出産に対する希望も自由に聞いてもらえるのが普通である。ただ、生まれてしまえば、あっさりとしたもの。二泊したら即退院(帝王切開の手術の場合は一週間)となる。

 赤ちゃん誕生後の検診は、「ティパット・ハラブ(意味はミルクのしずく)」と呼ばれる赤ちゃん専用の施設で行われる。壁にはディズニーのキャラクターが描かれていたり、おもちゃ箱があったりの赤ちゃんにやさしい空間づくりが工夫されている。専門の看護師が常駐し、予防注射や小児科医の診察などのほか、乳幼児のための緊急心臓マッサージ等の講習会なども行われる。

 イスラエルでは、それぞれの宗教・文化背景によって、子育てのあり方も微妙に変わるが、ユダヤ人の場合はどうだろう。まず、生まれた子が男の子だったら、ユダヤ教の伝統に則り、八日目に割礼式が行われる。ユダヤ教徒と神との契約の中でも最も重要なものの一つであり、「モヘル」と呼ばれる割礼執刀者とラビによって、招待客に囲まれて厳かになされる。儀式後は赤ちゃんの誕生を祝う賑やかなパーティとなるのだが、母親にとっては男の子の子育ての第一関門。緊張と不安に打ち勝たねばならず、会場から一時姿を消す母親すらいる。赤ちゃんは当然わっと泣き出すのだが、お祝い用の赤ワインを含ませたガーゼをくわえさせたりして、痛みをやわらげてあげる(?!)こともある。長男の場合、生後31日目に「ピディオン」と呼ばれる儀式が続く。ユダヤ教では長男は両親のものではなく、コーヘン(司祭)のものになることから、子どもを取り戻すために、父親は「身代金」を払うという象徴的な儀式だ。しかし、こちらは世俗的な家族はあまり行わない。女の子の場合は、誕生後父親がシナゴーグヘ行ったときに、母親と赤ちやんへの祝福が唱えられ、慎ましいお祝いの会がもたれる。子どもの誕生の儀式が「子どもの幸せと健康を祈って云々」というのではなく、神との契約だからという義務を遂行するというところがユダヤ教的やり方といえる。

 世俗派であれ、宗教派であれ、共働きが一般的なイスラエルでは、産休が終わると、親は子どもをどこかへ預けなければならない。数カ月の乳児は、「マオン」と呼ばれる保育施設か、「メタペレット」と呼ばれるベビーシッターのもと、あるいは「ミシュパハトン」という4、5人の子どもを預かる家庭で過ごすことが多い。2、3歳になると「ガン」と呼ばれる幼稚園に通う。幼稚園は世俗派、伝統派、正統派、キブツ、また二言語教育派、シュタイナー教育派など多様な趣向に分かれ、親は自らの生活習慣やイデオロギーにあった子どもの場を探す。幼稚園は通常朝7時~7時半頃から午後1時まで、午後までの保育では午後4時半頃までだ。両親ともフルタイムで4時頃までに迎えにいけない場合は、ベビーシッターを雇ったり、子どもの祖父母の力を借りるケースもある。ただ、イスラエルの職場は、子どもをもつ母親に理解を示すことが多く、仕事を早めにあがっても冷たい視線を向けられることはない。問題は3歳くらいまでの子育て費用が大変高いことで、社会から悲鳴が上がっている。

 イスラエルの幼稚園では、元気いっぱいの子どもたちが、それぞれ自由に思いのままに遊んでいる。あっちでままごと、こっちで積み木。お絵かきする子もいれば、パズルに没頭する子もいる。そしてメリハリをつけるように保育士がリードする集会がある。子どもたちは保育士を囲んで座るが、皆、「私が」「僕が」と受け答え、積極的に子どもなりの「議論」に参加する。個を尊重し、言いたいことがいえ、直接的に問題提起をして解決しようとする教育現場のあり方がすでに2、3歳児の幼稚園でも実現されている。私の知るエルサレムの幼稚園では、集会では保育上が、テーマを決めて絵本を読んだり、季節の行事にちなんだお話をする。プリムやハヌカなどのユダヤ教の祝祭日が近づけば、パーティも行われ、金曜日にはカバラット・シャバット(安息日を迎える儀式)もある。こうして子どもたちはユダヤ教について早くから学んでいく。また、イスラエル人としての愛国心もしっかりと植え付けられる。独立記念日の週には、幼稚園はイスラエル国旗の色である青と白で埋め尽くされ、幼稚園内のパーティには、白いシャツと青いズボンで登園するようにとお達しがある。個の尊重とともに、圧倒的な連帯感を生み出そうとするところも、イスラエルの幼児教育現場の特徴といえようか。

 イスラエルの妊娠、出産、子育てというシーンを追うと、イスラエル社会が家庭という単位を重視し、地域社会全体が子どもをバックアップして育てていることが感じられる。また、母性(また父性)を引き出される場面に遭遇しやすい。「子どもを得なさい。相手は人間だったら誰でもいいのよ。育ててみてごらんなさい。子どもほど素晴らしいものはない」--1950年代10歳のときに徒歩でシリアから越境し、イスラエルで生き抜いてきたユダヤ人女性が、30代だった私の目をみつめて語った言葉である。
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