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もしトヨタが自動車メーカーからモビリティサービス企業に変わったら

 『テクノロジーがすべてを塗り変える産業地図』より [自動車]もしトヨタが自動車メーカーからモビリティサービス企業に変わったら

 実は「鉄道会社」が最も近いトヨタのMaaS構想

 先ほど、トヨタ自動車のe-Paletteについて触れた。自動車メーカーといえども、トヨタ自動車のようにMaaSを想定して動き出しているメーカーはまだ多くはない。

 たとえば日産や本田技研工業からはまだ具体的な動きは見えてこない。米GMのMavenのようなカーシェアサービスも始まっているが、すべてのメーカーが具体的なサービスにまで落とし込めている状況とはいえない。e-Paletteを活用するようなMaaSが普及すると、私たちの生活はどのように変わるのか。また、それを支える産業はどのように変わるのか。

 MaaSと呼ばれると、なんだかイメージしにくいが、実は私たちにとって、MaaSはすでに身近な業態だ。たとえば、JRや東急といった鉄道企業や、第二父通グループ、日本交通グループなどのタクシー企業、JALやANAといったエアラインだ。利用者がA地点からB地点に移動したいときに、その移動をサービスとしてサポートする企業がMaaSの担い手といえる。

 ただ、今回のトヨタ自動車のケースに一番近いのは鉄道会社だ。これはなぜか?

 たとえば、JR東日本は鉄道輸送サービスを行っているだけではなく、新潟県の新津事業所で鉄道車両を製造している。JR東海は新幹線車両の技術開発は社内で行っており、製造は連結子会社の日本車輛が行っている。JR東海は2008年に日本車輛に対して株式の公開買付けを実施し、同社を連結子会社としている箆。

 つまり、鉄道会社は移動サービスを提供するとともに、その移動に必要な(ードウェアの製造およびシステム開発をも担っているのだ。

 トヨタ自動車のe-Palette構想においても、ハードウェアの開発から製造、またプラットフォームの運用まで関わろうという構造が見て取れる。トヨタ自動車は2016年10月にこうしたブラッドフォームを「モビリティサービスープラットフォーム(MSPF)」という呼び方で発表した箆・ちなみに、筆者は2014年12月に上梓した『Google vs トヨタ』の中で、今後、自動運転が進む中での「サービスプラットフォーム」の重要性を指摘している。そうした流れが具体的にサービスの構想として出てきたといえる。

 トヨタのプラットフォーム上には、ライドシェア・カーシェア・レンタカー・タクシーなどの移動サービスとともに、先にピザハットの例で見たリテール(小売)、宿泊・飲食、ロジスティクス(物流)などもサービス事業者に公開されるような想定がされている。果たしてトヨタはサービス事業者に今回のプラットフォームを完全に公開するのだろうか。

 仮に自動運転技術がさらに進展し(e-Palette構想においても、トヨタの車両制御技術を用いて開発した車両制御インターフェースを自動運転キット開発会社に開示するとしている)、カーシェアやライドシエアの考え方が普及した際には、果たして自動車はいまのように販売できているだろうか。自動運転車が効率的に運行されているであろう未来の都心部で、自動車を購入する消費者はどれくらいいるのだろうか。また、自動車を1世帯で複数台保有している地方の状況でさえも、世帯当たりの保有台数は大きく減少しているのではないだろうか。

 加えていえば、自動運転が実現した時代では、現在のタクシー会社がそのまま存在している可能性は、一体どれくらいあるか。

 タクシー会社の付加価値は、ドライバーおよび車両を確保し、安全に効率的に運用することである。しかし、自動運転が実現でき、ドライバーの確保が必要なくなれば、車両を製造している自動車メーカー自身で輸送事業を始めるほうが効率的ではないだろうか。このように考えると、次のようなことが起こりうると考えられる。

  ・自動車メーカーの生産台数が大きく減少する

  ・自動車メーカーがカーシェア・タクシー・物流などの輸送サービス事業を自社で行う

  ・自動車メーカーに必要な人材は生産工程よりもサービスのオペレーション領域にシフトする

 こうしたシナリオについて考えていこう。

 トヨタ自動車の国内生産台数はすでに減少トレンド

 MaaSが普及するにしたがって自動車の生産台数が大きく減少するシナリオを考える前に、自動車メーカーの生産拠点がどうなってきたのかを知っておきたい。日本の自動車メーカーはグローバルでの日本車のニーズが高まるにつれて、海外の生産拠点にシフトしてきた。では一方で、国内の自動車生産はどうなっているのだろうか。

 図表3-7は、トヨタ自動車の国内および海外の生産台数を2002年から2017年について見たものである。この15年の間に、国内の生産台数は8・5%減少している。

 この期間での国内生産台数のピークは2007年の423万台、またボトムは2011年の276万台だ。2011年は東日本大震災の影響もあり、生産に必要なマイコンなどの基幹デバイスの調達などができなかったことにより、生産台数が大きく落ち込んだ。天災の影響とはいえ、当時を振り返ると生産ができずにパニック的状況だったのを思い出す。また、その他に大きく生産が減少したのはリーマンショック後の2009年で、279万台まで落ち込んでいる。2009年は、国内だけではなく、海外でも自動車に対する需要が大きく落ち込んだが、国内生産はピークの2007年に対して34%減少した。当時は急激な需要の縮小でパニックが起こっていたが、2017年の生産台数は、2009年に対して14%上振れているのにすぎない。

 ここまではMaaSが始まる以前の「現在」の状況である。今後、個人が自動車を保有しなくても生活できるような選択肢(カーシェアやカーライドなど)が浸透すれば、どうなるだろうか。国内の新車の需要は減少するとともに、自動車生産も減少せざるを得ないだろう。

 また、自動運転による移動サービスがスタートしたらどうなるか。自分で自動車を運転しなくても移動できることで、自動車を所有したいというニーズはさらに減るだろう。いずれにせよ、今後、需要が継続的に減少していくのであれば、国内工場や雇用をどうするのかという問題に行き当たることになる。この章の冒頭でも見たように、国内の就業者数で「製造業」は最も人数が多い。また、その中でも就業人数が100万人を超える「輸送用機械器具製造業」をはじめとして、自動車関連の産業の就業人数はとても多い。

 テクノロジーによるサービスの変化に加えて、自動車の駆動アーキテクチャがガソリン車のエンジンから電気自動車のモーターに変化している。その中では、日本車のエンジン加工の精度に伴う「燃費」などの競争優位が、今後は大きく崩れかねない。そうなれば、グローバル市場での日本車の販売台数やシェアを維持するのは難しくなる。結果、現在の生産台数を維持するというのもまた難しくなる。自動車メーカーとしては、「自動車を生産し販売する」というモデルから、「輸送サービス事業」に転換することが急がれる。

 実際、2018年5月に開かれたトヨタ自動車の決算説明会での豊田章男社長のコメントが印象的だ。

 〝私は、トヨタを「自動車をつくる会社」から、「モビリティ・カンハニI」にモデルチェンジすることを決断いたしました。

 「モビリティ・カンパニー」とは、世界中の人々の「移動」に関わるあらゆるサービスを提供する会社です〟

 製造業からサービス業に転換することは「モデルチェンジ」どころの騒ぎではなく、「競争領域のシフト」ともいえる状況だが、世界を代表する自動車メーカーのトップの発言として、その影響は大きい。仮に豊田社長の狙い通りの事業展開になれば、日本の雇用市場もその就業者数のシフトは避けられない。
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